コレの続き











それはただの偶然だった。そうとしか説明出来ない。説明のしようがない。


蹴人が狙ってそうしたわけではないし、ましてやヘッポコ丸が計算して行ったのではない。




ただの、偶然が生んだ産物で――
















「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」





蹴人が操る鎖鎌によって体中をボロボロに引き裂かれていた彼は、突如高らかな笑い声を上げた。ビュティと蹴人の視界に映ったのは体同様に引き裂かれた首輪。ただの革の残骸となったそれは、ただ虚しく岩場に転がりそこにあり続けるだけで。




「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」




笑い声は止まない。反響して不協和音を響かせる。普段の彼はこんな笑い方をしない。こんなに猟奇的で、こんなに殺意に満ちた笑い方なんてしない。つまりこれは――




「(女のへっくんが言ってた、別の人格…!)」




前に邂逅したヘッポコ丸の別人格。女性の姿を形成してあの場に存在していたヘッポコ丸は、ビュティに言っていた。





『人格はあたしだけじゃないわ。あと二つ、別の人格があるのよ』





つまり、首輪が引き裂かれた今、この場に居るのはいつものヘッポコ丸ではない。真の力を発揮するが故に入れ代わる、別の人格。別のヘッポコ丸。しかも、前の女性の人格ではない。残る二つの人格の、片割れ。




もちろん、蹴人はそんなヘッポコ丸の事情は知らない。彼からすれば、ヘッポコ丸の気が触れてしまったという間違った認識しか抱けないのである。




「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! ……………あーあ」





笑い声は、突如止まった。そして、ヘッポコ丸の両の眼が、蹴人を射抜く。




「っ…!!」




蹴人は息を飲んだ。…否、蹴人だけではなく、ビュティも同様に息を飲んだ。



ヘッポコ丸の紅い瞳は、狂気を孕んでいた。一辺の曇りも無い、純粋なる狂気。あれは――人殺しの目だ。





「…楽しいなぁ」
「な、何が楽しいんだよ?」




ヘッポコ丸が呟く。意味が分からず蹴人は聞き返した。




「何が? んなの、決まってんじゃねぇか」




そう言い終わる頃には、ヘッポコ丸は蹴人の目の前まで移動していた。お互いの足場となっていた岩場は、相当に距離が開いていたというのに(だから三バカはわざわざ橋となったというのに)。


その距離が最初から無かったかの如く…ヘッポコ丸は蹴人の目前へ移動してきたのだ。




「人を殺すことに決まってんだろ?」
「――!!」




瞬間、繰り出される拳。それをギリギリでかわした蹴人はすぐさま鎖鎌で応戦する。雰囲気が激変しようと、この鎖鎌に手も足も出なかったのは事実なのだ。それが今更打破出来るとは思えない。この鎖鎌がある限り、蹴人は自身が負けるのは有り得ないと、そう確信していた。



しかし、それは大きな間違いだった。




「なーんだよそのちゃっちいオモチャはよぉ」




迫り来る鎖鎌を臆する様子も無く、ましてやそれを避けることもヘッポコ丸はしなかった。そして、その鎖鎌が蹴人の手に戻ってくることは永遠に無かった。




「あ……!?」




鎖鎌の動きは停止した。さっきはあんなに気ままな乱舞を繰り広げていたはずの鎖鎌は、容易くその動作を停止させた。




ポタポタ、ポタポタ。赤い朱い雫が岩肌を染めていく。それはヘッポコ丸の血液。しかしヘッポコ丸は変わらず二本の足で立っている。顔面に笑みを貼り付け、立っている。




「こんなので人が殺せるわけねぇだろぉが」




手の平で握った鎌の部分が赤く朱く赤黒く染まっていく。鎖鎌の動きを捉え、手の平で簡単に静止させたのは感心に値するが、しかし握っているのは鋭利な鎌の部分なのだ。容赦なく皮膚を切り裂き、止まることなく血液を溢れさせている。…なのに。



ヘッポコ丸は、笑っているのだ。岩肌に血を吸わせて、驚愕と畏怖に染まる蹴人を見つめて、ただただ彼は笑っているのだ。




「おれを殺してぇなら、本気で掛かって来いよ」




驚愕と畏怖で、蹴人は鎖鎌の鎖を手放していた。ヘッポコ丸が鎌の部分を溶岩へ投げ捨てる。それに連動し、鎖もポチャリと音を立てて溶岩の中に消えてしまった。




「まぁでも、その前におれがお前を殺しちゃうけど」





『オナラ真拳奥義:乱れ皐月』




目にも止まらぬ早さで乱射される皐月。その全てを回避することなど困難だ。不可能に近い。一つ一つに絶大な力が秘められているそのエネルギー弾の全てを、蹴人はその身にモロに受けることとなる。




「うああああっ!!」
「こんだけで済むと思ってんなよ小僧!」




乱れ皐月の雨に混ざり、ヘッポコ丸は再び蹴人に接近する。その両手に、甚大なエネルギーを纏わせて。




「ぶっ飛べ」




『オナラ真拳奥義:水無月』





瞬間、尋常ではない爆音が響いた。いくら真拳使いとは言え、こんな爆音が響く程のエネルギーを放出させるなど、普通は有り得ない。有り得ないのに――実際には、爆音が轟き、蹴人は溶岩の上を悠々と横切って岩壁に激突した。その体は既にボロボロだった。



通常では考えられない程のスピードとパワーが加えられたのだろう。蹴人は深く深く岩壁に食い込んでいた。




「蹴人くん!」




敵ではあるが、予想を遙かに凌駕していたヘッポコ丸の力をモロに食らった蹴人の身をビュティは案じた。ビュティの呼びかけに、蹴人は指一本も動かさない。呻き声も上げない。どうやら完全に意識を失ってしまったようだ。


恐らく彼は、ヘッポコ丸の突如の雰囲気変化の理由すら分からなかっただろう。分からないまま、蹴人は完全に戦闘不能へと追いやられてしまったのだ。




「なんだよもぉ終わりかよ。呆気ねぇなぁ」




たった一歩の跳躍で、ヘッポコ丸は蹴人がめり込む岩壁へ移動した。しかし岩壁近くに岩場は無い。ヘッポコ丸は岩壁に片腕だけでしがみつき、蹴人の顔を覗き込んでいる。




「ったく、寝てんじゃねぇよ。遊びはまだまだこれからだぜぇ」




言うが早いが、ヘッポコ丸は蹴人の片腕を掴み、岩場まで投げ飛ばした。岩場の端ギリギリで停止した蹴人は、まだなお目を覚ます気配は無い。


強靭な跳躍を再び発揮して、ヘッポコ丸もまた岩場へ着地する。そしてゆっくりとした足取りで、蹴人に近付いていく。




「さぁ、どう料理してやろう。爪を一枚ずつ剥がしてやろうか? 指を順番にへし折ってやろうか? 関節を全て外してやろうか? 全身の骨を砕いてやろうか? 腕と足をねじ切ってやろうか? どうしてほしい? 今ならお前の希望通りに料理してやるぜ」




答えることが出来ないと分かっているくせに、ヘッポコ丸は笑いながら――凶悪な笑みを称えながら、気絶する蹴人に問い掛けて、語り掛ける。相変わらずのゆっくりとした足取りで、着々と蹴人との距離を詰めていく。




「答えねぇってことは、全てをご所望ってことだよなぁ? ハッハ、物好きだなぁお前もよぉ」




ビュティは自身の体を悪寒が駆け抜けていくのを感じ取った。


『あのへっくん』は、ダメ。危険過ぎる。誰かを傷付けることを、まるで人形を切り刻むかのようにしか考えていない。『あのへっくん』にとって、人を傷付けること…ううん、人を殺すことは、ただの娯楽。ただの遊戯。命を奪うことに、なんの躊躇いも持っていない―!!




「んじゃあまず手始めに、その爪を全部剥がして」
「ダメ!」




蹴人に伸びる悪魔――否、殺人鬼の手。それから蹴人を守るように、ビュティは二人の間に割って入った。ピタリと手が止まる。笑みも、消えた。




「…邪魔だ、小娘」




低く、ドスの利いた声。ビュティは怖じ気づいたが、退くつもりは無かった。




「聞こえなかったか? 邪魔だっつってんだ」
「わ、私が退いたら、へっくんは蹴人くんを殺すつもりでしょ? そんなのダメ。ダメだよへっくん」
「……ふん」




ビュティの説得も聞く耳持たず。ヘッポコ丸はバカバカしいと言わんばかりに鼻で笑った。



そして――すぐにその口角を、ニヤリと歪めた。





「先に殺されたいなら、そう言えよなぁ」
「――!!」




狂気。

狂喜。

殺人狂。




纏う雰囲気が、一層どす黒くなった。不自然にビュティを見下すヘッポコ丸。称えているのはただただ凶悪さを孕んだ笑み。楽しんでいる。蹴人を殺すのを邪魔されたにも関わらず――いや違う、邪魔者というイレギュラーが発生したからこそ、ヘッポコ丸はこの状況を素直に喜んで楽しんでいる。



振り上げられた拳がまるでスローモーションのようにビュティの目に映る。上げられた拳が纏う黄金色のエネルギー。オナラ真拳。





「ぶっ飛べ」





拳が振り落とされる。ビュティは襲い来る衝撃を認めまいとギュッと固く目を閉じた。そんなことで衝撃が回避されるはずないということは分かっている。しかし、無力なビュティに出来るのは、ただそれだけしかなかったのだ。




「………?」




おかしい。ビュティは疑問に思った。いつまで経っても強靱なオナラ真拳は自分を襲わない。なんの痛みも、衝撃も感じない。


ビュティはそろそろと目を開けた。目の前には相変わらずヘッポコ丸が立っている。拳もそのままだ。しかし纏うエネルギーが消えている。その拳は、ビュティの眼前僅か数十センチのところで停止していた。



どうして? 何故? その疑念を抱いているのは、どうやらビュティだけではないらしい。




「…ぁあ? なんだぁ?」




再度エネルギーをその拳に纏わせてみるが、すぐにそれは霧散して消えてしまう。何度やっても結果は同じ。エネルギーは纏っては消え、纏っては消えを繰り返していた。



疑問を抱いたヘッポコ丸は、ならば素手で、と再びビュティに拳を奮ったが、やはりビュティに当たる寸前でその拳は停止してしまう。不自然な形で、拳は空気を切るのみで。




「…へっくん?」




訝しげに眉を顰めるヘッポコ丸にビュティが呼び掛ける。それにヘッポコ丸は睨み付けることで答えた(答えた、と言って良いのか分からないが)。相変わらずヘッポコ丸が纏う凶悪なオーラは消えていない。しかしビュティを殺すことは出来ずじまい。何故…?




「…ケッ、宿主様が無意識に止めてやがんのか」
「? 宿主様って?」
「さっきからお前が呼んでんじゃねぇか。『へっくん』ってよぉ」
「あ…」




そうだ。今目の前に居るのは、ヘッポコ丸であってヘッポコ丸ではないのだ。前の女性バージョンと違って全く見た目が変わらないから、危うくそのことを忘れてしまいそうだった。




「フン、敵をボコボコにすんのは止めないくせに、小娘一人殺すのは止めちまうのかよ。つまんねぇなぁ」




興醒めだぜ。ヘッポコ丸はそう言ってもう一つの岩場に跳躍した。そこは言わずもがな、最初にヘッポコ丸が蹴人にボロボロにされた岩場だ。


落ちていた首輪を拾い上げる。不思議なことに、ただの革の残骸となっていたその首輪は、ヘッポコ丸が持ち上げた瞬間に本来の姿に戻った。これは別人格が持つ特殊能力なのだろうか。首輪が再利用不可能な事態に陥っても、大丈夫なように。補正能力でも備わっているのだろうか。




「おい小娘」




ヘッポコ丸がビュティに呼び掛ける。




「今日のところはお前と、その小僧は見逃してやる。感謝しろよぉ」




感謝なんか出来るわけない。ビュティは素直にそう思ったが口には出さなかった。




「言っとくが、今日のところはってだけの話だ」




首輪を巻き付け、ヘッポコ丸は続ける。




「次に会った時は、お前の命をいただくからな。大人しく待ってろよ」
「お断りします!」




ビュティのツッコミが反響した。それをやはり鼻で笑い、殺人鬼のヘッポコ丸は消えていった。
















イレギュラー セカンド
(女のへっくんも意地悪だよ)
(あんな人格なら、一言教えてほしかったなぁ…)







ひたすら蹴人が可哀想ですいません(^ω^)← 女性ver.と違う雰囲気を出すことにとても苦労したよこの話。メモには『人畜非道で凶悪』としか書いてないから余計に苦労した。まぁ所詮は俺の妄想だし、別に良いよね!(貴様)


今回もボーボボさん達は空気でした。あの人たちずっと五条大橋やってたのかなぁ。ビュティのピンチだったのに…最悪だね!(お前のせいだ)

ちなみにサードはありません。だって後は赤ちゃんへっくんだしね(笑)。ここまでお付き合いいただきありがとうございました!!









栞葉 朱那

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ