百物語

□第九夜 飴買い幽霊の子守
1ページ/4ページ






さることの

ありしかなりしか

知らねども

あったとして聞かねば

ならぬぞよ





第久夜 飴買い幽霊の子守







むかしむかし、あるところに一軒の飴屋があった。







ある晩のこと、店の戸を叩く者がおった。

とんとん、とんとん。

―こんな夜更けにいったい誰だぁ?

「飴を、飴を売ってください。」

飴屋が戸を開けると、青っ白い顔をした栗毛の女が、ゆらり。

「飴を一文、売ってください。」

「あ、あぁ? 今包むからちょっと待ってろ。 ………はい、毎度。」

「ありがとうございます。」






女が去って、暫くすると、




‥――ねんねん ころりよ

微かに唄が聴こえてきた。

「あの女の唄声か。」


「美しい…だがどこか悲しげな声だな。」

坊やはよい子だ ねんねしな――…




それから女は毎晩飴を買いに来た。



二日目の晩。

とんとん。

「飴を一文、売ってください。」

「はい、毎度。」

「ありがとうございます。」

坊やのお守りは 何処へ行った――…





三日目の晩。

とんとん。

「飴を一文、売ってください。」

「はい、毎度。」

「ありがとうございます。」

あの山こえて 里へ行った――


「不思議な女(ひと)だ。 夜更けにしか来ねぇなんて…、何か事情でもあンのか?」





四日目の晩。

とんとん。

「飴を一文、売ってください。」

「はい、毎度。 暗いから気ぃつけろよ?」

「ありがとうございます。」

デンデン太鼓に 笙の笛――…




五日目の晩。

とんとん。

「飴を一文、売ってください。」

「はい、毎度。 毎晩大変だな。」

「ありがとうございます。」





六日目の晩。

とんとん。

「飴を一文、売ってください。」

「はい、毎度。 何か困った事があったら遠慮無く言えよ?」

「ありがとうございます。」








そして、七日目の晩のこと。





ねんねん ころりよ――

「今晩は買いに来なかったな。」

気になった飴屋は、暫く寝れずにいた。

坊やはよい子だ ねんねしな――

「子守唄が何時まで経っても終わらねぇ‥。 それに、いつにも増して悲しげな声だ。」

いつもと違う様子に心配になった飴屋は、子守唄の聞こえる方へと走り出した。






たったったっ。

たったったっ。

―この子守唄おかしくねェか? いったいどっから聞こえてくるンだ?



たったったっ。

たったったっ。

―近づいてんのか離れてんのかも、分からん。


飴屋は立ち止まり、耳を澄ませた。

おぎゃあ おぎゃあ おぎゃあ おぎゃあ おぎゃあ

―微かだが、赤子の声もする。 寺の方か?

たったったっ。

たったったっ。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ