代
□first confession
1ページ/2ページ
「かすがさ、独眼竜って知ってる?」
それは中学三年の頃。
佐助のヘラヘラした笑顔と共に問われた名前に私はきょとんと首を傾げた。
「独学流?」
「違う違う。一つね眼の竜ね。不良の二つ名」
「…またか。この間の西海の鬼って奴の話ならもう聞き飽きたぞ」
やけにそういう類の話に関して詳しい幼なじみは、その独眼竜とやらの話を聞いてもいないのにペラペラ語り出す。
「隣町の某私立男子校の優等生のくせに、喧嘩三昧で最近はうちらの街まで手を出し始めたのさ。夜な夜なあのでっかい公園でたむろってる不良共取っ捕まえて。そらべらぼう強くて、右目に眼帯して、肩に龍の入れ墨してるから独眼竜ね。しかもお家はヤの付く自由業で、奴に喧嘩売ったりするとお付き達にフルボッコにされるんだとさ」
「よくもまぁ…。しかし分からない奴の事をそんな悪く言うもんじゃない」
「はぁ。かすがは優しいねぇ」
「むっ」
あまり興味も無かったので半分以上は聞き流してたが、佐助の馬鹿にしたような態度にカチンとくる。
しかし佐助はそれをも見通したようにニッコリと笑って、
「旦那がね、怪我したの」
「なっ…!?」
呆気なく、ぽろりと呟いた。
自分と同い年のくせに随分と大人びた幼なじみは、感情の隠し事が上手いということに最近気が付いた。しかし声に堪え切れない怒りを感じたのは確かだ。
今までの話からすれば、真田が相手したのはその独眼竜とか言うのだろう。
「大事は無いのか」
「歯が何本か折れたし、顔は打撲、肩を脱臼とか」
「じ、重傷じゃないか!?」 「全治二週間?でも本人はいたって元気だぜ」
「笑ってる場合か!」
「うん」
ニッコリ
ひやり。何かが背筋を伝った。
佐助の低い声にぞくりとする。
まだ、この頃は佐助が無意味に笑う時の意味を曖昧にしか理解していなかった。
しかしただ事ではないと確信した私は、おどおどと名を呼び戒める。
「さ、すけ」
「どうしたの?」
「駄目だぞ…」
「へぇ?何が」
ニッコリ
また笑った。
「佐助がいない…?」
消灯時間になって、明かりを消した所に見回りの大人が控えめなノックで入ってきた。
佐助が部屋にいないのだが何処にいるか分かるかと言うのだ。
私は先程の会話を思い出し、嫌な予感に苛まれた。
何かわかったら教えてと言われ、そのまま大人は出て行く。
しばらくして、堪えきれなくなり私は部屋から飛び出した。
ちゃんと止めておけばよかったと後悔。
気付かれないようにこっそりと裏庭から駐輪場まで行って私の赤い自転車を走らす。独眼竜が出没するのは、街中の広い公園。
樹木と薄い街灯が立ち並ぶ。時折ある自動販売機の淡い光に惑わされた蛾が飛び交う。
静けさと不気味さにびくびくしながらも、自転車を引きながら公園を探索する。
広い公園で、昔は遊びに来たりしたが今はめっきり不良のたまり場と化してしまったので近付かない。髪の白い男のお化けが現れるとかいう噂もあるくらいだ。無駄にただっ広い公園で中央辺りに人口池がある。その周りにずらりとベンチが並んでいるのだが、殆どは寂れて見えた。
もし佐助が独眼竜とやらと本気で喧嘩したらどうやって止めようと思考しながら歩いていると、他のものより何故か明るい光を放つ街灯の下に、うずくまる人物を見付け背筋が凍った。
自転車を投げ出し駆け寄ると、ベンチに突っ伏して倒れているようだった。
学ラン、黒髪。佐助じゃないと安堵するが否や、こんな時間に学生が倒れているのだ。ただ事ではないとその人の身体を揺らす。
「おい!大丈夫か!?」
「………ァ?」
「しっかりしろ」
声で起きたその人物は、のっそりと起き上がり、目を開ける。
「………」
私を凝視したその姿は、顔中傷や打撲だらけで、でもなかなか綺麗な人に見えた。しかし右目の眼帯に気を取られてそれどころじゃない。コイツは、もしや。
「独眼、竜」
「Angel…」
「は?」
お互い小さく呟いた言葉が被る。
「は、Hello…じゃねーか。Good evening. Nice to meet you. Is it any order for me?」
「え、ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「Why?」
「私は日本人だ」
「ああぁん?」
奇想天外な英文をペラペラ喋りだしたので驚いて止める。
久々だなぁ外国人に間違われるのと思いながらも目の前の男を見ると、それまでは生き生きと喋っていたのに、私は外国人じゃないと言えば、ドスの聞いた声で不機嫌そうに嘆いた。
「んだよ。外人じゃねーのか」「悪かったな」
「んでなんの用だよ」
「……貴様は、独眼竜か?」
唐突に聞いてしまったことを言ってから後悔する。男はあからさまに怪訝な顔をした。
「だったら」
「そ、その怪我…!誰と喧嘩したの………?」
「はぁ?テメーには関係ないだろ」
「いいから!!」
つい、掴み掛かってしまった。うん。短気な性格、直したい。独眼竜は一瞬驚いて、固まったがすぐにぽつりと、
「西海の鬼…西中の長曾我部だよ。負けたわけじゃねーぞ。drawだかんな。」
「あ、ああ…」
後半の方はどうでもいい。が、佐助じゃなかった事でどっと力が抜ける。正直によかったと言ってしまいそうになった。
すぐに怒鳴るように離せと言われたので咄嗟にすまないと離れる。
「んだよテメー。女がンな所一人でいんじゃねー。襲われたいのか」
「ち、違う!!人捜しだ…」
「はぁ?」
「ど、どうでもいいだろ!」
何だか悲しい気分も怒りも全部名前だけ聞いたこの男に振り回されているような気がして、段々と言葉が汚くなっていくのに気が付いた。
男が体を動かすと、顔の傷から血が滲んでいた。
びっくりして、でも取り敢えず絆創膏貼ってやろうと私もベンチに座り、一応の為に持っていた絆創膏を見せる。
「血が」
「どってことねー」
「絆創膏貼る」
「ちょ、テメ。そんなFantasyな傷バンいらね」
面倒臭さそうに私を避ける。その顔は拗ねた子供のように見え、少しの攻防の末、何となく扱い方がわかってきた。
「…子供の面倒は慣れてるんだ。ほら、痛くないから」
「餓鬼じゃねーよ!!」
「否定する奴に限ってまだまだ子供なんだ」
要は挑発すれば乗ってくる。
隙ありっと左目の下と右頬にそれぞれ熊と兎の絆創膏を無理矢理貼付けてやった。
ふて腐れた独眼竜は、頬杖付いてそっぽを向いた。
「拗ねるな」
「拗ねてねーよ」
クスッと、笑いを我慢出来ずに吹き出してしまう。
佐助からの話を聞いた時、一体どんな厳つい鬼畜野郎なのかと想像した。しかし実際はひょろひょろの同い年の男の子。相変わらず、人の噂とは誤解を生むばかりだなぁと思った。
「いつまでここにいるんだよ」
「あっ」
忘れてた。大事な事。
佐助は何処へ。
「深夜回ってんぞ。テメーみたいな女がふらふらしてっと本当に危ないぜ」
どこか年下を戒めるような優しい口調で、悪人顔のくせに意外だと口を開いてしまう。
「…案外良い奴なんだな」
「女子供には手を出さない主義なんだ」
「格好つけか?似合わないぞ。お前見るからに悪人顔」
「るっせ」
そう良いながら胸ポケットから平然と煙草の箱とライターを取り出した。
私にはどうもそれが格好付けてるだけのように見えて単純に腹が立った。
ぱっ、と奪い取ってみれば油断していたのか簡単に取れてしまった。
「返せよ」
「未成年の喫煙は法律で禁止されてます」
「いいんだよ別に」
「あらよっと」
ガン垂れてくる姿を一目見て、気にせずぽいーと遠くへ投げてやった。
「手が滑った」
「お前、天下の独眼竜様だぜ」「知らん名だな」
「いい加減舐めてると犯すぞ」
「ふん。やってみろ」
「テメッ……!」
女子供には手を出さない主義はどうなった。
プツリ簡単に切れた独眼竜は、押し倒そうと私の肩を突く。近付いた目と目が合って、少しだけ止まる。
鋭い視線。射ぬかれてしまいそう。
そして、思い切り頭突きをかましてみる。
ゴツッと自分でも嫌な音がして、痛みに悶える独眼竜を鼻で笑い、自転車の所へ走った。
「早く家へ帰れよ。中二病」
捨て台詞のように言って、逃げるようにその場を後にした。