□空は跳べない
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成長しない野菜の原因を調べる為に、入学してからちっとも来た事のなかった図書室の扉を開ると、何やら機嫌の良さそうな司書のじいさんに留守番を頼まれた。


「前田の小僧にも頼んだからの。カウンターに座ってるだけでええから」

じいさんは殆ど言い逃げのように急かせかと出て行った。

やれやれと視線をカウンターに移せば、ひらひらと手を振って笑う前田がいた。


「やっほ」
「お前だけだと不安だったのだろうな」
「片倉さんひっどー」


ここが図書室だと言うことを忘れたようで、ぴーちくぱーちく喋り出す前田。適当にあしらっていたら懐から子猿が出てきて、俺の肩によじ登る。

「なんだ?」
「キキッ」
「夢吉ぃー?」
「…主人がうるせぇか。そうかそうか。俺と野菜の本探しに行くか」
「ちょ、マジでひでーよ」


いじける前田を置いて、子猿と共に本を探しに行く。
何冊か良さそうなものを拝借してカウンターに戻ると、前田は黙って本を読んでいた。見たことのないその姿になんだか呆気に取られた。


「テメェは何を読んでんだ?…絵本?」
「返却コーナーにあったんだ。…ちょ、哀れみの視線向けないで。別にいいじゃん絵本くらい。てかさっきから片倉さん俺に対しての態度酷くね」
「ピーターパンか」
「うん」


緑色の服と羽根を刺した帽子を被る少年が、少女の手を取り今にも空へ飛び出す。まさにピーター・パンとしか言えない絵本の表紙。

「高校生が絵本読んだっていいでしょ?この間も政宗が何故か人魚姫の絵本借りてたのみたし」
「…別に悪いとは一言も言ってねえ」
「あー!政宗なら何でも許すんだ。ひでぇやひでぇ!あれこれ俺今日何度もひでぇって言ってる?どう?何回くらい?」
「………」
「シカトですか片倉さん」


土と肥料の配合の仕方のページに視線を落とす。

そのあとは、いくら話掛けても反応しない事を学んだようで、前田は黙って何度も何度も絵本を読み返していた。

中身を読む前田は妙に複雑そうな顔をする。何かに思い詰めたような、劣等感に浸るような。

「餓鬼の読む本でそんな思い詰めた顔すんじゃねぇ」
「………」


はぁ、と息を吐いて、前田は苦笑いをする。アンタは聡いからなぁと呟き、本を閉じる。

「三年生は忙しいじゃない」
「ぁあ?」
「進路とか就職とか面倒ったらありゃしねぇ」
「何を」
「大人になりたくないねって話」

ああ。成る程。

「そんな事考えていたのか」
「うん。なんかね、このまま楽しい時なんてあっという間に過ぎちゃって、皆バラバラの道を歩むってなんか、怖いなって」
「ほう」
「だったら、ピーター・パンとネバーランドでずっと子供のままになりてーなって。そうすりゃ人が変わってしまうのも、止められた」


ぎゅっと拳を握り

「未来なんていらない」

「馬鹿な事言ってんじゃねぇ」

大人になりたくないと駄々をこねる子供こそ、ピーター・パンの成れの果て。

お前はウェンディじゃない。
ピーター・パンそのもの。



未来がいらないなんて

柄になく頭に血が上るがその後の言葉が出てこなくて、前田を睨み付ける事しか出来なかった。


気まずい中、ガラガラと扉か開く音がした。


「ほほほ。すまんかったのぅ」

陽気な声が響く。
ぷつりと緊張の糸が切れたようで、前田はぐだぁと突っ伏した。

「じいちゃーん。何処行ってたのよ。取って食われるかと」
「阿呆か」
「二人ともありがとの」


これは御礼じゃい
渡されたのはビニール袋に入った様々な種類の煎餅。


「やほーい。ありがとうじいちゃん。沢山あるし皆呼ぼうか」
「おい前田」
「もしもーしかすがちゃん?」
先程の仕返しとばかりに俺を無視して電話をかけやがった。

「この野郎……」
「皆保健室で涼んでるらしいから煎餅持っていっていい?」
「好きにせい」
「俺はいい」
「ありがとー。よし行くか夢吉」
「キィ!」

ひょいと俺の肩からいつもの指定位置に飛び乗る。


「じゃあね片倉さん、じいちゃん」
「前田」
「なんスか?」
「確かに面倒だがな、俺は未来から逃げようなんて思わないぜ」
「………」
「俺は未来を、信じてる」

お前は弱虫なんだな。

「ははっ。そうかもしんないね」

苦笑いしながら去って行った。

あいつがピーター・パンなら、さしずめネバーランドは保健室。さてはて大人になりたくないと願うウェンディは、一体何人いるのだろうか。


「何を笑っている?」
「いや、何でもない」


思いが顔に出ていたらしい。


俺も俺の未来を願う人も、多分その中のひとりなのだろう。






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