□ペンギン
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世の中惚れた腫れたが一番面倒臭せぇ事だと思う。切実に。


「私の名を呼ぶな!!」


彼女は俺といるときには常に刻まれている眉間の皺をより一層深くし、張り裂けた感情を一身にぶつけてきた。

「あ?んだよ。名前呼ぶなって…じゃあ俺がお前を呼ぶ時なんて呼べばいいんだ?」
「う、うるさい!!」
「謙信の様に『つるぎ』と呼べばいいのか?」
「っ!!」

わざとかすがの恋する奴の口調真似して言えば、かすがは悔しさに唇を噛み締めて睨みつけてくる。それでいい。


「かすが」
「止めろ!」
「かすがかすがかすが」
「止めろ!!」

トンと小さな物音がした刹那、鉛色の切っ先が俺の喉元に向けられる。目の前にかすががいた。

「お前が私の名を呼ぶな!
違う!私の名前はもう、」

つるぎ

と、言いたいのだろう。
しかし彼女は悔しさに顔を歪ませて出ない言葉を必死に出そうとしてる。謙信にかすがと名前で呼んで欲しいという本心に嘘を付けない彼女だから。



「クソ…クソ!畜生……!!」

言葉が出ない悔しさと愛しい人を想って涙が流れ、汚い言葉を吐いて、少し隙が出来た。そのうちにかすがの手から苦無を叩き落とし、安全確保してから彼女に向き直る。そもそも彼女は本当に俺を刺そうとは思って無かったようだが、更に戦意喪失したようで必死に睨み付けてくるだけだった。

「俺はアイツのようにお前を剣なんて呼ばねぇ。俺が必要なのは戦うアンタじゃなくてかすがと言う一人の女のアンタだ」
「何を戯れ事を!」


もはや愛の告白だ。しかし彼女は気が付かない。彼女には謙信以外の愛の言葉など必要ないのだ。

しかし、俺にも押さきれない感情ってのがあるんだ。

「俺にしとけ。かすが」
「……!」



かすがの温もりが胸いっぱいに広がる。抱きしめれば最初は抵抗したものの途中で諦めて、ゆっくりと震える手を背中に伸ばしてきた。



込み上げる恋心。どうしようもない欲情。慰めるだけのつもりだったのに。


我慢しきれず流れのまま口づけでもしてやろうと顔を近づけるとそれに気が付いたかすがが思い切りよく殴ってきた。力が抜けた隙にかすががひょろりと腕から抜け出す。


「何をするつもりだった」
「よがってきたからKissでもしてやろうと…」
「死ねばいい!」


今度は軽く蹴飛ばされてかすがと距離が出来る。

「慰めてくれたから甘えてみたまでだ。私はいつまでも謙信様一筋よ。覚えてろ!!」


そう言ってかすがは廊下の辺りを一瞥し、舌打ちしてから飛ぶように消えた。羽ばたく鳥を見逃すようでもどかしくなり消えた所に手を伸ばした。

俺に羽ばたく羽があったら、彼女を捕まえてしまうのに。勇気があったら光を失わせてでも俺の下に置くのに。所詮は飛べない鳥。空は仰ぐことしかできない。俺にはまだ名前を呼ぶ力しかないのだ。


「行きましたか」
「小十郎」

小十郎が空を眺めながらやって来た。

「お時間ですよ」
「わかってる」
「まぁ…もう少しぐらい待ちますから、その腑抜けたお顔をどうにかしてください」

くすっと笑って言うもんだから、慌てて顔を隠す。自分でもわかっていたからこそ恥ずかしくて堪らなかった。


「笑えばいい」
「本気で笑いますよ、私」
「やっぱりNo thank youだ…」

欝陶しいったらありゃしないが、人を愛する事にはこれくらい対価がいるんだろう。俺も彼女も。









リクエスト:伊達→かす→謙信


(言い訳)
小十郎はこっそり覗いて見てました。かすがはそれに気が付いて帰ったというどうでもいい後付け。
出来るだけ政宗様がカッコイイ感じを目指したのにポエマーで可哀相になったのはもう仕方がない事だとして許して下さい。




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