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□シナモンの香り
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三回のノックに突然の自室訪問に疑問を持つような、はい?と返事が返ってくる。トレイに乗せたものに注意しながらドアを開ける。


「失礼します」
「あらジェイド。どうかしたの?」

大して驚いた様子を見せないリフィルは、各部屋に一台当てがわれた机に向かって本を読んでいた。

内容は見えないが熱中していたのは解る。なんせ、探していた文献を見つけたと珍しく意気揚々とした姿を見かけてから半日以上が過ぎている。昼食も取らずに彼女はここで夢中になって本を読んでいたに違いない。


「3時のおやつですよ」
「まぁ、わざわざありがとう。お昼もすっぽかしちゃったし、助かるわ」


本を置いて机のものを退かしトレイを受け取った。その時点で本を隠すようにしていたのは気が付いていたが気に止めていなかった。
湯気の立つコーヒーが入ったマグカップが二つ。白い皿に乗る黄金色のパイ。それにフォーク。自分のマグだけ手に取り、ベッドに腰をかけた。
リフィルは嬉々として皿の上のパイを見る。

「ミカゼが依頼の報酬に山ほど林檎を頂いてきたのです」
「ああ、アップルパイね」
「ええ。クレアが」
「美味しそうね」
「…………」
「ところで、そこでいい?ジーニアスの部屋から椅子借りてきましょうか?」
「いえ、結構ですよ」
「零さないでよ」
「子供じゃありません」
「どうだか」

くすくす小さく笑いながら、いただきますと手を合わせ、フォークを手に取る。
私はその動作を見ながら、一応零さないように注意を払ってコーヒーに口を付けた。
髪を口に入れないように耳にかけて、パイを一口。


「あら、美味しいわ」
「あ、ら?」

その言葉が引っかかって首を傾げる。

すると、だって、これクレアが作ったのではないのでしょうと当たり前のように言う。

何故それを、と言い掛けて口を噤んだ。

「だって今日クレア、おやつはチーズスフレにするって言っていたもの。ミカゼが経験値ためる為に沢山チーズ作っちゃったからって」
「……」
「市販かしら。それとも…貴方が?」
「…私器用なんで」
「まぁ、すごい。悔しいわこんなに上手に作れるなんて」

視線をパイに落としながら、一口、また一口と食べていく。
その様子をなんとなく見ていられなくて、あさっての方向を見ながらコーヒーをすする。


「パイって、バターを溶けないようわざわざ手を氷水につけてから作業するらしいじゃない」
「私の場合は、もとから手が冷えてますから」
「…冷たい手の人しか作れない。と、言うことは心の優しい人にしか美味しく作れないのよ、パイって」

「……貴方がそのような迷信を信じてるなんて意外です」
「あら?古来から確証のある事実を述べたのが迷信よ。遺跡と一緒」



かちゃかちゃと食器のぶつかる音。


「あら、困っている?ちょっと困ってる?それとも照れてるのかしら?」
「ははは…」
「良い気味ね。たまにはぎゃふんと言わせてみたかったから」
「ぎゃふんくらい何度でも言ってあげますよ」
「じゃあ何度でも言って頂戴」
「……」





秘密にしておきたい好意がばれて照れくさいジェイドのつもり。ツンデレおじさん。

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