O

□白い熱
1ページ/1ページ

暗い暗い空から舞い降りる白をワイパーが掻き消す。
消えた雪は摩擦で溶けてぐずぐずの水に変わった。


その風景に故郷に思いを馳せるなんて自分らしくないなんて分かっていた。だからこそ聞き流すラジオの音量を上げて、人通りの少ない帰路を駆ける。

時刻は既に深夜を超えていたから、彼女はもう寝ている時間だろう。きっと、リビングのソファーに座り、21時からの例の世界発見番組を興奮しながら見たりしたのだろう。夕食も彼の店で早めにとったりして、有意義な土曜日を過ごしたに違いない。
安易に想像出来る彼女の生活風景に、自分を当て嵌めるのはなかなか容易ではなかったが、信号待ちの度に家の事を思い浮かべるのもまた、過去の自分の姿とは異なっていた。
早く帰りたいなど、実家では考えた事なかったのではないか。

全ては、寒さのせいには、出来ないだろうか。

ガチャリと鍵がかかっている事を確認して、溜め息を吐きながら自らの鍵でドアを開ける。

暗闇が広がるであろう中身を想像していたのに、部屋の中は柔らかな照明で仄に明るかった。どうやらリビングの明かりがついている。彼女がまだ起きていたのかと少し驚いて、だけど出来る限り足音を立てないように廊下を歩いた。


ドアを開くと、ほんのりと暖かい。
ついさっきまで暖房が付いていたようで、リモコンはテーブルの上に無造作に置かれていた。

黒革のソファー右端でぴくりとも動かない白い女性。パジャマ姿でブランケットを膝にかけ、小さな寝息を立てて寝ていた。読書をしていたらしい。文庫本が床に落ちてページが散らばっている。跡になってしまうと危惧して拾い上げると、見たことのある名前の人物の短編集だった。

ぱらぱらとページを捲る。基本的に純文学を読まない自分としてはあまり興味の無い内容だ。彼女も普段は考古学や授業の参考書など、読書をしている姿は見受けられるが、物語を読んでいるのは見たことがなかった。

本をテーブルに置き、落ちそうなブランケットをかけ直すと、自然と体は彼女に寄っている。

ぎしり。
二人分の体重を支えたソファーが軋む音がする。


「……」

それを咎める様に規則正しい寝息と、壁掛けの時計の秒針の音が響く。
雪が降っていたからか、音が吸い込まれている。静かだ。

自然と近づいていた顔を離し、床に座り込んだ。ソファーに凭れ掛かるようにして、ふぅと長めの溜息を吐き、目を閉じた。

ああ、寒い。

テーブルの上のエアコンのリモコンを手に取り、ピッと電源を入れる。
ごう、と乾燥した温風が此方に。

その音で、リフィルがもぞりと動き、上を見るとゆっくりと瞳が開いた。

「じぇいど…?」

あどけない寝起きの顔にふっと頬を緩ませ、おはようございます、と一言。
もう一度目を閉じて、小さくおかえりなさいと言ってくれた。

「ここで寝ていたら風邪引きますよ?早く寝室に戻って下さい」
「ああ…本読んでたら寝てしまったのね」
「落ちてました」
「んー、久々に学生の頃読んだ本見つけたの」
「ほう」


自分と同じ石鹸の香りがする。

先ほどは止まった行動を再度してみる。
肩に頭を擦り寄せると、甘える子供にするように、頭を撫でてくれた。嗚呼、心地良い感触。


「どうかしたの?」
「いえ。何となく」
「何よそれ」

クスクスと笑い声がすぐ耳元で聞こえる。リフィルがこんな感じで困った様に笑うのが好きだった。

「眠い」
「じゃあ寝ましょうよ」
「いや、もう少しこのまま」
「もう。どうしたの本当に」
「寒いんですよ」


暖めて下さいよ

そう言うとまた私の好きな顔をする。
自分よりも12歳も年下の癖に、何よりも大人に見えるから。母親の様にも見える。可笑しな感覚。







土曜出勤の夜はなんだか人肌恋しくなります。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ