念品

□火傷に気をつけて
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(希望ケ峰学園学生時代設定)















いやぁ、もう、そりゃ大漁っスよ

夕焼けが冬空に浮んできた放課後。教室で葉隠達とくっちゃべっていたら腐川が十神に「白夜様等身大チョコレート」を持ってきて一騒ぎ。その後おぞおぞと教室のドアの隙間から見たことない女の子に呼び出され、校舎の外で渡された赤いリボンに飾られたプレゼント。ついでにアドレス聞いたりしちゃってうはうは。

目覚めにカレンダー見て、ニヤニヤと笑んでいた朝から放課後である今までチョコレートの嵐。やっぱり、モテるって良い。不特定多数が自分に好意を向けているというこの優越感に浸りながら紙袋を抱え教室へと向っていた。

まぁ、クラスメイトの女子達からはまだひとつももらっていませんが。

何年も一緒にいれば分かってくる本性と芽生えてくる友情。それに誰某が誰にどんな矢印を抱いているなんて見ていれば気が付いてしまうのも仕方が無い。残念ながら誰からも自分の求める矢印はひとっつも向けられていない。まぁ、いいけれどな。一名を除き。
タダでさえ個性豊かな人間しかいない学園の中でも飛びぬけて癖のあるクラスだ。朝日奈は乳はいいけれど時折冗談効かない餓鬼でで、腐川は十神一筋。セレスと江ノ島は美人だが面倒臭いし霧切は時折キツ過ぎて怖ぇ。大神と戦刃は性格はまぁ良い奴らだけれどそういう対象としては論外。元より期待などしていない。一名を除き。

「舞園ちゃん、チョコくれねぇかなぁ…」


本日お仕事のため授業に出ていなかった人。自分から向ける大きい一方通行の矢印に思いを馳せる。バレンタインイベントでファンクラブの中でも限られたファンの人達にチョコレートを配るそうだ。アイドルも大変だなぁと思いながら昨日はへらへら笑って送り出したが悔しいことこの上ない。俺も欲しい。物凄く欲しい。でもその類の好意を本人に言うと、入学当初は笑顔交じりでやんわり断られたものだが、最近ではスルースキルが身に付いて若干キツイ。

彼女の矢印が別の方向に向いていることを知っていた。苗木、アイツはいい奴だ。本当、いい奴だ。少し地味で趣味も特技も成績も運動神経も特に目立つところが無いという欠点以外は、尊敬する。彼女がアイツに向ける笑顔の意味を知ったのは、「ああ、オレ、この子の事好きなんだなぁ」なんて思い始めていた頃だった。

思い出したら空しくなってきて、早く暖房効いた教室に戻ろうと教室棟に走り出した時、少し離れたところに長い髪がひらりと揺れているのは見えた。目に焼きついている後姿に期待を寄せてダッシュで駆け寄ろうとして、止めた。

誰も居ない廊下でただでさえ目立つ彼女は普段着のコートを身に纏い、柱の影に隠れながらこっそりと誰かを見つめていた。
それが後ろのこちらからは丸見えで、後ろ手に青色のリボンが飾られた箱をぎゅうと握っていた。


「舞園ちゃん」


出来るだけ遠くから聞こえるくらいの小さな声で声を掛けると不自然なまでに驚いた舞園ちゃんはびくりと肩を揺らして振り向いた。


「っっ!?く、桑田君…」

あ、今あからさまに「面倒くさい人に会ってしまった」という顔をした。
それに彼女本人が気が付いてすぐにアイドル仕様の笑顔を浮かべる。

「お仕事お疲れさん。早かったんじゃねーの?」
「あっという間に配り終えてしまったので早めに帰ってこられました。皆さんは教室ですか?」
「おうよ。腐川が十神にヤローに等身大チョコ持ってきてひと悶着あったところだぜ」
「わぁ、それは楽しそうですね。桑田君はどうしてここに?」
「んーちょっと野暮用」
「へぇ。モテモテですね」
「あ、バレた?」
「そんな可愛らしい紙袋ぶら下げられたら」
「流石鋭いんな。んで」
「はい」
「なんで苗木に渡さないの?」
「………」

困ったように視線を反らした舞園ちゃん越しから見えたのは笑う苗木と不機嫌そうに愚痴を零す十神の姿。さっきのあれ苗木使って処理してきたのかと納得するもタイミングの悪い彼女に同情する。このままだと苗木は一人にならぬまま教室へ戻ってしまうのだろう。折角のバレンタインだ。二人きりでチョコレート渡したいんだろうなーと人事のように思う。いや、人事か。

ちょっと前なら、渡さないならそのチョコ頂戴って言っていたんだろーなー。なんて。
俯く彼女の赤い顔に、可愛いなぁと思う反面、あーあマジやってらんねーぜと、彼女の背中を叩いて、離れる。ちょっとカッコいいかも、オレ。


「とっがみくーん!」
「あ、ちょ、桑田君」

止める彼女の声を聞かず彼らの元へ手を振る。振り向いた途端、彼女はひゃっと声を出して柱に隠れた。


「なんだ桑田」
「ちょっとオレに付き合ってよ」
「断る」
「いーじゃねーか!ちっとこっち来いって。」

肩を寄せると気色悪いと顔を顰めるが、流石超高校級の御曹司。大事なときの空気は読める。なにかを感じてくれたようで緑色の目を細めると何の用だと聞き返してくれた。


「えっと、桑田クンが十神クンに用があるって珍しいね」
「モテ男同士の秘密の会議だよ。ついでに苗木も来るか?」
「遠慮しとくよ…」
「低能でアホの貴様と一緒にするんじゃない」
「あ、苗木。あっちで古典の先公がお前探していたぜ」
「え、なんだろ」

指差した方向は教室と反対側の廊下と見せかけた彼女の潜む柱。その真意は気付いていないだろう苗木は困った顔して僕、行ってくるねと歩き出した。

その姿を見送らない。後ろを向かない。あとは彼女が頑張るだけだ。

「それじゃ、教室戻るとするか」
「…古典の教師にした理由は」
「よぼよぼジジィなら何のことかってボケても不自然じゃなんじゃないかって。」
「ふん。くだらない自己満足に酔っている暇があったらさっさと帰るぞ、アホ」
「十神ったら慰めてくれてる。やっさしー」
「何を言っているんだ貴様は」

既に十神語は攻略済みだ。

数多の不特定多数の好意を一身に受け、その前に立つことのできる超高校級のアイドルである舞園さやかが、たった一人にひとつの矢印を示すのを恐れているのだ。少しくらい手助けしたっていいだろう。おお、それスゲーカッケーな、オレ。





「手作りだったのかなー。欲しいかったなークソ」



でも最終的にはいつだって、格好悪い自分がいる。
その後貰ったチョコレートをクラスメイト達に見せびらかした後、寄宿舎の自室に戻り思い切り良くベッドに寝転んだと共に一番に呻いた独り言は寂しく、部屋に響いた。青いリボンを思い出してあーとかうーとか言った後に手を伸ばしてもらったチョコレートを入れた紙袋からひとつ取り出す。ハート模様の包装紙で包まれた中身はまん丸の野球ボールを模したものだった。手間を掛けた手作りに感動しながらもこれをくれたのが誰だったかは思い出せない。

ぽん、と投げ入れるように口に運ぶ。溶けるように甘い。

「はぁ」

恋はいつだって甘いものに例えられる。自分の好んで聞くパンクロックにきっとそんなものはありゃしないが、流行の歌の歌詞にならよくありそうなものだ。もうひとつ口に運ぶと、もう脳味噌が糖分はもういらないいらないと信号を発してきた。まだまだ紙袋には沢山あるぞ。どーすんだこれと頭を抱える。

他のチョコはいらないから、本命の子からひとつだけ。そんな歌詞もありそうだ。

いや、でも、欲しい。やっぱりオレは食べきれなくても沢山欲しい。勿論本命からも欲しい。やっぱり、格好付かない。


くだらない思考を続けても脳味噌が甘味を欲しがることはない。

はぁあ、と溜息を付いたところでピンポンと部屋のインターホンが鳴った。また誰かがチョコレート持ってきてくれたのかと勢いよく立ち上がり、鏡を見て自分の姿を確認して急ぎ足で扉を開ける。


「あ」

今度はこちらが、「なんで?」という分かりやすい困惑の顔を嬉しそうな笑顔に変えなければならない番だった。

「こんばんは。桑田君」
「舞園ちゃん?どうしたん?」

先ほどの姿とは違う、いつもの制服を身に纏った彼女がいた。
小声でさっきはありがとうございました、と頭を下げる。


「いやいやいいって。それより、渡せた?」
「はい。多分苗木君のことだから義理と勘違いしちゃったと思うんですけれど、渡せました。それだけで今のとこは十分です」

おいおい苗木テメー鈍いにも程があるだろコノヤロー!!!

嬉しそうに頬を染めていうものだから、恨み言は言葉にせず笑ってよかったなと言っておいた。

「それで、これ。お礼です。」
「え」

両手で握り締めたそれは、彼女のアイドルグループがCMをしている缶コーヒー。今だけの期間限定パッケージにはアイドルの舞園さやかが微笑む姿が映っている。

「こんな日だから本当はチョコレートでも、と思ったんですけれどもう売店開いてなくて。仕方が無いからココアはと自動販売機みたら売り切れで、それで、仕方がなくそれにしたんですけれどまさか自分のが出てくるとは思わなくて少し恥ずかしいんですけれど…」

はい、と渡されたそれはまだ熱々で。さっき思い切り握り締めていたところを見ると熱かったんじゃねーのと少し心配になった。

「いいのに、お礼なんて」
「私があげたかったんです。あのままだったら絶対渡せてなくて頑張って作ったチョコ自分で食べてました」
「オレが貰ってたかも?」
「うふふ、そうかもしれませんね。でも、貴方のおかげで渡せました。初めてなんですよ、バレンタインに手作りのチョコをお父さん以外に渡すの」

やっぱり手作りだったのか!チクショウ羨ましいぜ苗木!
と、思いながらそりゃ良かったなぁと受け答える。ふ、と舞園ちゃんの視線が部屋の中へ入り、ふふ、と笑ってこちらに戻る。

「でもコーヒーにしてよかったかも。桑田君沢山チョコレート貰っていたからおんなじ味ばっかじゃ困っちゃいますもんね。口直しなんて言っちゃ悪いですけれど、飲んでください」


それではと言って去って行った彼女の後姿を最後は呆然と見届けて、おずおずと扉を閉めて後退るように部屋に戻る。辿り着いたベッドにぼすんと力なく座り、両手でしかと握り締めた缶コーヒーのプルタブを開けた。


ぐび、と一口。甘いけれど、苦い。あと、熱い。ぴりぴりと舌に溶け込んでいくのがわかる。缶には微笑む彼女の足元に「微糖」


うわぁ、と口元を隠して呻く。自然と歪む口角に単純!アホ!と自分を罵倒する。


「嬉しい」

明らかに本命ではないしチョコレートでもないのにこんなにも心ときめいて嬉しいのはきっとこれだけが「特別」だからなんだろう。

なるほど分かった事は、君の特別が欲しい事。
これもまた、流行の恋愛ソングにありそうだなぁとまだ熱の篭る缶の中で笑う偶像の彼女に唇をくっつけた。


(Watch out for a burn!)

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