O

□秤
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何を秤にかけようか。

久々に帰ったトリグラフのマンション。自分の部屋の天井を眺めながらぼんやりと思う。
部屋着のままリビングに行き、ナァと鳴いたルルに餌をやる。
さて自分の餌はどうしようかと思ったが、野菜カゴに転がるトマトが視界に入って、キッチンに立つ気が失せた。焼いていない食パンを齧りながらソファに転がりTVをつけた。


ニュースかなにか、と思ったが画面に映ったのはアニメ。確か世界を救う少年と天使の少女の話だとエルが言っていた気がする。有名なファンタジー小説原作のアニメらしい。そのままぼんやりと見てしまった。



不幸と平行に増え続けていった大切なものを、頭の中で数えてみる。
思えばこれまでに作文とかアンケートとか占いとかで「大切なもの」と言われて思い浮かべるのはベタに家族とか友達くらいで、それだけで自分の世界は構成されていた。兄さんがいて、ルルがいて、マンションの人達と大家さんと、あとは学生時代の友達とか、好きになった女の子とか、言うならば普通。一般的。それが俺の世界だったわけだから、異界炉計画とかリーゼマクシアとかTVの外側から見ていて、「大変なんだな」としか思えなかった。クランスピア社のエージェントとしても目指していたのは兄さんの大きな背中だけで肩越しの表情とか両手に握る血に塗れた刃の事なんて、知らなかった。

それがどうだ。社員試験落ちて、食堂のコックになって、初日に寝坊。小さな女の子に痴漢と呼ばれ、テロに巻き込まれ、好きだった女の子目の前で殺されて、良く分からない力で兄さんを殺して、死に掛けたと思えば皆生きていて、目が覚めれば胡散臭い男に途方も無い金額を請求された。しかしそこで増えたのはこれからの進む道。

指名手配された兄さんとか、カナンの地とか、突然現れた社長とか、分史世界とか、世界を壊すとか、猫を集めるとか、精霊の主とか、リーゼマクシア王とか。ぞくぞくと降りかかる責任、行動の選択と意思の決定。増えていく自分の世界。
恐ろしかったけれど自分は思いの外タフで、月の眩しい夜に隣の女の子を守らなければならないと、それだけは心に決めた。


リーゼマクシアに対する人事のような「大変なんだな」も自分の世界の一部になったわけで。本当に、大変だったのだ。彼らは、今も尚。

ジュードの気遣いは凄くありがたいし、レイアの笑顔にはいつも救われる。ローエンの言葉はひとつひとつ宝物。エリーゼの優しさにほっと心が軽くなる。
アルヴィンの卑屈さはなんだか安心する。ガイアス…アーストの重みは気を引き締めてくれるし、ミュゼの柔らかさは良い意味でいつも俺を戸惑わせる。

ミラの真っ直ぐな視線に強くなりたいと心から願った。


ミラ、ミラは。



『目の前の人も救えないで、世界再生なんてやれるかよ!』



TVの中の主人公が高らかに叫んだ。
それがどんなシーンなのか、分からない。

だけど はっ、とした。
あふれ出る汗。震え。齧りかけのパンがぼとりと落ちた。

腕に感じた重みはいつまでも忘れない。忘れない。
ミラはいつだって不安げでそれが儚そうに見せたのに、どこか強かで意地っ張りで、本当に可愛い人だった。
言葉だけだと綺麗な思い出だけれど、終わりに待ち受けていたのは自責と他責と自己嫌悪。「なんで手を離したの」と「手を離してくれてありがとう」。二つの矛盾が俺を責め立てた。絶望。

彼女を守れなかった俺に、世界を救う力があるのだろうか。
兄さんを守れなかった俺に、世界を救う力があるのだろうか。

エルを守れなかった俺に、世界を救う力があるのだろうか

「集合時間、何時だったっけなぁ…」

目のはじっこから零れた滴。それを隠すように独り言。するとルルが近付いてきて腹におもいきり良く乗った。重い。緑色の瞳がこちらをじぃと見つめる。

「ナァ」

そうじゃないだろう、ルドガー。なにもう諦めているんだ。
彼女は、エルはこれから救いに行くのだろう?守ると心に誓ったじゃないか。

「…そうだな」


ミラは、自分を犠牲にしてエルを守った。
兄さんは俺に示してくれた。大事にしなさいって。
この世界にいるエルはもう、一人分の命ではない。ミラと、兄さんが守った命。俺の大切が集まった命。それは、俺の希望。



何を秤にかけようか。
二つしかない天秤に、俺は何をかければいい。
沢山、沢山の大切を抱えている。

全てを抱えて逃げ出すことは出来ない。どれかを選ばなければならない。

選択の答えはなんだ。正解なんてあるのか。

でも

俺は、このアニメの主人公みたいにはなれないけれど。

世界も、少女も救わなければならない。


「ルル。俺がいなくなった時、ぜひともこれからのエルのことをよろしくお願いします」
「…ナァ」

寝転んでいるため首だけのお辞儀。腹の上のルルは仕方が無い、というような返事をくれた。

さてと。皆との集合時間は9時ごろ。今8時半になる。アニメは終わり、EDが流れている。主人公は、目の前の誰かを救えたのだろうか。
立ち上がり、さっきは恨めしかった野菜カゴのトマトを丸ごと齧る。うん、美味いよな。





勢いだけなので、色々と変。
エルの話と同じですぺPのTGD(略)で妄想しました。
ルドガーの喋り方はすごく自信ない…。

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