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□囚人
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「何故だ、何故死なねェェ――――」

 全身を朱に染めても、どれだけ切り刻もうとも、目の前の男が表情を変えることはなかった。
 不敵な笑みを浮かべて、嘲るように戸愚呂兄を見据える。
 痛みどころか、身体を貫かれたということすら感じていないのではないだろうか。

「下衆め」

 吐き捨てられてその声が、遠い記憶の中の相手と重なる。

 まだ自分が人間だった頃。

 同じ目をした少女がいた。
 長い髪を編んで後ろで一つに束ね、着る服といえば常に色気のない武闘着姿。
 己れを振り、弟と淡い恋に落ちた。

 ――昔々、若い男と女がいました。

 女の相手は己れではない。
 もし女が己れのモノだったならば、どのような手段を使っても共に妖怪に転生させていただろう。

 いつか、この手で息の根を止めてやりたかった。
 欲しい儘にした身体に己れを埋め込んだまま。
 次第にか細くなっていく呼吸を惜しみながら。

 最期のひと呼吸を絡め取って。

 力をつけた時には、女は老いさらばえていた。
 もはや殺す価値もない。

 ――あんたは殺す価値すらないよ。いつか自分が犯した業ってヤツを思い知る日が来る。

 自分より遥かに弱いはずの桑原に潰され、弟に裏切られ砕かれ、妙な能力を持った人間に喰われた。
 あの女が言ったのはこのことか。

「なあ、幻海」

 呼びかけるのは何年ぶりだろう。
 暗黒武術会の時に幻海と言葉を交わしたのは弟だけだ。
 幻海は己れなど眼中になかった。

 だが、今は真っ直ぐ己れを見ている。
 蔑むように、嘲るように、己れだけを。

「テメェを殺したかったよ。さぞかし血の色はよく似合っただろう」

 哄笑とともに、また一線。
 返り血が心地いい。

「今度こそ、離さねェ……」

 赤い髪。
 赤い服。
 赤い血。

 かつての想い人に移ろっていく。
 邪念樹がエサの望む相手へと姿を変える。

「醜いね。あんたを見てると反吐が出そうだ」

「だったら逃げてみろよ。オレはしつこいぜェ」

「最低だ、あんたは」

「つまらねェ褒め言葉を言うなよ」

 幾重にも腕を巻きつけ、抱き寄せる。
 ゆっくりと力を込めながら己れの皮膚を鋭い歯に。
 己れの身体も幻海の朱に染まる。

 この時を待ち望んでいた。

 弟を闇の世界へ誘い、死なぬ身体を手に入れ、喰われても相手の身体を乗っ取ったのも全てこのため。
 生きていればいつかはもう一度。

「あんた、ロクな死に方できないね」

「構わねェさ。テメェを道連れにできるならな」

 鋭く睨みつける少女の唇に、戸愚呂兄は淫猥な口づけを落とした。





 入魔洞窟の奥深く、今は甲高い男の笑い声がこだまするのみ。



END


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