妖蔵小説
□DETERMINATION
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ズシリと背中に重みを感じて、蔵馬は前のめりになった。
貴重な夜のひとときの読書タイム。
邪魔が入るのは常のことだ。
小さく息をつくと、相手の頭をはたく。
「どけ、暑苦しい」
もちろん、そんなことで離れる妖狐ではない。
「俺は気持ちいい♪」
逆に身をすり寄せてくる有様だ。
無理もない。
ここ最近、母親の再婚の話が具体化してきたこともあって、何かとゴタゴタしていたのだ。
その間、妖狐は幻海の屋敷にいた。蔵馬以外では唯一妖狐が頭の上がらない相手だからだ。
その幻海も、あまり年寄りに手間取らせるんじゃないよとボヤいていた。
どうやら、かなり霊力を消費させてしまったらしい。
これは少し考えなくては、と思う。
母親の再婚相手にも、自分の人間の名と同じ名前の息子がいるとのことだ。
同居ともなれば、これまでのように妖狐が自分の家のように出入りすることは難しいだろう。
夜中に襲ってくるのを怒鳴りつけるなど、もっての他だ。
振り払うのも面倒でされるがままになっていると、訝しそうに妖狐が顔を覗き込んだ。
「………蔵馬?」
「あ、いや、何でもない」
無意識に妖狐の頭を撫でていた。
殴り飛ばされることはあっても、まともに優しい扱いを受けたことなど数えるほどしかなかった妖狐は喜ぶよりも先に目が点になる。
撫でる手に自分の手を重ねると、蔵馬はようやく我に返ったようだ。
やっぱり、おかしい。
「何でもないことはないだろう。一体何があったんだ?」
真っすぐ見つめられ、蔵馬はとっさに誤魔化しのネタが浮かばなかった。
視線が泳いでしまった時点でダメだ。
「……母親の再婚が本決まりになりそうなんだ。多分、来月か再来月には新しい父親と弟と一緒に暮らすことになる」
それだけで、妖狐は蔵馬の言わんとするところを察したらしい。
「…………俺が邪魔か?」
ぽつりと訊ねる。普段は「絶対離れねえ!」とかギャアギャア騒いでうるさいくせに、何故こんな時にだけ。
そして、己れも。
何故こういう時に限って、いつものように出て行けと蹴り出せないのか。
これではまるで、妖狐を追い出す時は妖狐が戻ってくることを期待しているみたいではないか。
「お前はどうしたい?」
「お前のしたいようにすればいい」
妖狐の答えに苛立ちが増す。
喚けばいいだろう。側にいさせろでも、俺を捨てるなでも。
心の中で吐き捨てて気づく。
それこそ、まさに己れが望んでいる言葉であると。
いつも妖狐ばかりに言わせるのは不公平だ。
深呼吸する。
蔵馬のそれをどう取ったのか、妖狐が身体を離した。
「言えよ、別に構わねえから」
バカ。何を誤解しているんだ。
立ち上がると、振り返って妖狐を抱きしめる。
突然の蔵馬の行動に、今度は目を白黒させる妖狐だ。
こんな時、チャンスとばかり襲ってこないのがおもしろい。
相手も半ば拒まれることを承知でやっているということか。
さすが、もう一人の自分だ。
「本当に構わないんだな」
これは鈍感な分身への意地悪。
妖狐は身体を強張らせながらも、「ああ」と答えた。
クスリと小さく笑う。上出来だ。