妖蔵小説
□INTOXICATION
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「お前も飲むか?」
風呂から出て部屋に戻った蔵馬を迎えたのは盃だった。
嫌な予感に蔵馬は顔を引きつらせる。
「妖狐……それ、まさか…………」
「酎からの差し入れだ」
昼間、妖狐は幻海のところにいる。
黄泉との約束を果たすための六匹の妖怪の修行を依頼するついでに、妖狐も預けているのだ。
実力試しにはちょうどいいだろうというのは表向きの理由。
「ウチは託児所じゃないんだよ」と幻海も渋い顔をして受け入れた。
散々脅したせいか、今のところ追い出されずにはいるようだが、蔵馬は常に何かやらかされそうな予感につきまとわれていた。
案の定。
(少々の酒で酔うことはないと思うが…………)
とはいえ、酔いにかこつけてよからぬことを企まぬはずもない。
普段の妖狐ならば。
その妖狐はというと、蔵馬の警戒をよそにただひたすら酒をあおり続けている。
「何を見ている?」
訝しそうな相手の問いに、何でもないと蔵馬は首を振った。
あまりにも妖狐がおとなしすぎる。
考えられるのは、ただ一つ。
これが妖狐の酔い方であるということ。
こみ上げそうになる笑いを抑えて、蔵馬は妖狐の向かいに腰を下ろした。
そして、盆の上に用意されていた己れの分の盃を取り上げる。
「じゃあ、付き合うよ」
「人間の身体に魔界の酒は強すぎる」
さっきは飲むかと聞いたくせに。
やはり、酔っている。
「なら、お前が人間界の酒を飲むか?」
「飲んだ気がしないな。水代わりにもならん」
「俺も同じだよ。半分は妖怪だから」
俺はお前だろう、と。
今夜は立場が逆だ。
悪い気はしない。
たまにはこういう夜もいい。
妖狐とゆっくり話ができる時など、そうないのだから。
諦めた妖狐が蔵馬の盃に酒を注ぐ。
懐かしい、魔界の匂い。
深く吸い込んで楽しんだあと、わずかに唇をしめらせる。
よく知った味のはずなのに、初めて飲んだかのような酩酊感。
「無理はするな」
「しないよ」
そんなもったいないこと、するわけがない。
今夜は妖狐と魔界にいた頃の話でも…………。
盃を置いて、妖狐にもたれかかる。
気持ちいい。
目を閉じる。
話は今度でもいいか。
やがて、蔵馬は静かに寝息をたてはじめた。
苦笑顔なのは妖狐。
「だから人間のお前にはキツイと言っただろう?」
起こさぬように、そっと蔵馬を己れの膝へ。
優しく髪を梳くと、くすぐったそうに身じろぎした。
「次は人間界の酒で我慢してやるか」
かすめるようにこめかみに口づけると、蔵馬が残した酒を一気に飲み干した。
こんな夜もおもしろい。
小さく笑むと、妖狐は蔵馬の盃に新たな酒を注いだ。
己れがしっかり酔っていることを気づきもしない二人だった。
めでたし、めでたし。
END