妖蔵小説

□PROVOCATION
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 明かりもつけぬ、ホテルの一室。
 鴉は赤い薔薇の切り口を弾いた。
 ジリジリと茎の導火線を伝って、火種が進む。
 指を焼く寸前で、手を離した。
 小さな爆発音と、紙が焦げる臭い。
 明日の対戦相手の運命。

「さて……どこから吹き飛ばしてやろうか……………」

 それとも一瞬のうちに木っ端微塵にしてやろうか。
 喪失感が大きい方が快感だ。

「蔵馬……………」

 愛しそうに床に落ちた灰を踏みにじる。

「悪趣味だな…………」

 ベランダからの声に、鴉は顔を向けた。

 風に靡く銀髪。揺れる白装束。
 凍てついた銀の瞳がこちらを見ていた。

 鴉の眉がわずかに上がった。

 が、すぐに笑みに変わる。

「ほお……殺される相手と最期の夜を過ごしに来たのか?」

 お前はなかなか趣味がいい、という相手の皮肉をさらりと受け流す。

「死ぬのはお前だ」

「妖狐に戻れるようになったのか?」

「ああ、お前を殺すためにな」

「これで少しは楽しめそうだな……………」

 褒美に一晩の快楽をやろう、とゆっくりと近づく。

「私は人間の姿のお前の方が好みだがな………」

 動かぬのを承諾の証と唇を寄せた。

 だが―――――、


 ドガッ!!


 小さくうめいて、鴉はその場に膝をついた。
 嘲るように妖狐は鼻を鳴らす。

「……お前などに蔵馬は触らせない」

「…………蔵馬、だと?」

 今、目の前にしているのが本人ではないのか。
 言われてみれば、どことなく雰囲気が違う。
 妖力の差のせいだと思っていたが。
 一度言葉を交わしただけだが、あの者の性格からして、まるで挑発するように試合前夜に敵の部屋を訪れるような真似をするとは考えにくい。

「ならば、お前は誰だ?」

「オレは妖狐。明日、お前を殺す相手だ」

 戸惑う鴉の反応をおもしろがるように唇の端に刻まれる笑み。
 わざと先程の鴉の表情を真似ている。

「…………よかろう。お前も明日殺してやる」

「間違えるな。オレがお前を殺すんだ」

「ますます蔵馬を殺したくなってきたよ」

「やれるものならやってみろ。オレがさせない」

 どちらにしろ戦うのはオレだ、と。

「蔵馬がそれを許すかな」

「…………何?」

「蔵馬も戦いたいのではないのか?」

「黙れ」

「血の華を咲かせてあげよう、お前のために」

「お前の血なら、ロクな華が咲かないだろうな」

 互いの間に走る緊張。
 見えぬ火花が散る。

 ややあって、妖狐は視線をはずした。これ以上、姿を見ているのも耐えられないというように。

「どちらにしろ、全ては明日だ。せいぜい、最期の夜とやらを楽しむことだな」

 慰めてやるつもりはないがと、ベランダの手摺りに飛び上がる。
 月光に銀がさんざめく。

 一瞬後には闇に溶けて消えた。

 チッと舌打ち。

「明日を楽しみにしているよ、蔵馬」



 炭化した薔薇が束縛するように鴉にまとわりついた。



END

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