短編シュークリーム

□宿命
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がやがやと賑やか過ぎて煩い程の街の中心から少し裏道に入ると、そこはもう別世界

ゴミや人が道路に転がり腐臭が立ち込めている
いわゆるスラム街だ

神田は眉間に刻んだしわをさらに深くして進んで行く


一週間ほど前、この地域に大量のAKUMAが向かったハズなのだが
何故かこの街でAKUMAによる被害は報告されていない

もしもAKUMAが潜んでいたのならば破壊
AKUMAを破壊した者、すなわち教団の把握してないエクソシストがいるのならば引き込み

それが今回、彼に与えられた任務だった

神田にとって、前者ならば朝飯前なのだが
後者の場合は相当てこずり、最終的には教団に引きずって行くのだろう

「ちっ…」

先ずは情報を整理すべくこの地域のいわば支配者である男に会いにいく事にしたのだが……
周りからの視線に含まれる殺気が否めない

教団の団服の装飾は純銀
貧困に苦しむスラムの住民から見たら良いカモだ

しかし、腰に携える日本刀の形をした神田のイノセンス、六幻と
その鋭過ぎる目つきで実行に移す者はいなかった

「ここか…」


見上げる建物は、この通りの内では1番マシな物だった

ここの最上階にこの地域を任されたマフィアの幹部がいる

確かそいつは5年ほど前から力を付けてきたらしい

「おい、お前
なんかようか」

建物の前でボサッと突っ立っていると
後ろから声を掛けられた

気配にはとうに気付いていたので、余裕をもって振り返ると
黒衣に黒サングラスという怪しげな男が腕を組んで神田を睨み付けていた

「黒の教団だ
ここのトップに話がある
金なら払う」

「…取り次ごう
まっていろ」

少し悩んだ様だが、金ときいた途端に態度が緩くなり、男は建物の中に入っていった


少しすると、変わった腕輪をした17程度の美しい少女が迎えにきた

金の力は偉大だ

よく見ると、少女の腕や首には青黒い痣が無数にあった
それに……微かだが血の臭いがする

同情する気もないが
見ていて気分のいいものでもない

一瞬少女と目があった
光を、生への希望を失いかけている目だ

後をついていくと、隠し扉をいくつも通って上にあがった

ギィィイ

といかにも、な音を上げて少女が扉をあけた

少女が神田を部屋に促して自分も入ろうとした

その途端…

バキィィィイイ!!

「―――うっ!」

少女の顔ほどの拳が華奢な体躯をぶっ飛ばした

反射的に、少女が壁に激突しないよう受け止めた

当たり所が悪ければ死ねる勢いだっただろう

「おや、すまない客人」

気持ち悪いほどの巨体を持ったラテン系の男が悪びれもせず謝罪した

「何をしている
こいつが何をした」

全く口だしする必要はなかったが、客人を放置して身内を殴るというのはは頂けない

「うちのモノの扱い方については貴方に関係ないでしょう」

男は蔑むような目を少女に向ける

少女は、朦朧とする意識の中でフラフラと立ち上がったところだった

無言で神田に一礼すると目を合わせず主人のところへ行き、土下座した

男は嘲るように笑い少女を蹴り飛ばして
「そこに立っていろ」
と命じた

幾分かホッとしたような顔をして少女は壁際に直立した


この場にいたのが
神田ユウというエクソシストではなく
アレン・ウォーカーというエクソシストならば
迷わず少女を助けようとするだろうが、今まで多くの悲劇を見てきた神田には、心を揺らされるほどではなかった
動いてもただの偽善

そんなに神田は優しい人間ではない


「すまないな
で、黒の教団がなんの取引ですかな?」

自分に不可能はない
とでもいうような顔
癪に障るがここで奴をぶった切ったところで事態は悪化するだけ

「最近、ここらで大量殺人が起きなかったか?」

神田の言葉に少女の肩がビクッと反応する

「スラムの貧困層の奴らの亡命なんて、さすがの国家機関様でも把握仕切れないのか
ああ、あったあった
100人くらいの貧困者たちが死んでいた
確か周りには破壊された機械の残骸があったぜ
なあ、ジル?」

少女は僅かに震えながら首肯した

「はい
第4区は血の海でした」

今にも消え入りそうな声で言葉を紡ぐジル

「誰が場所まで言えと言った、馬鹿が」

男が手前にあったスイッチか何かを押す

「っ――――――!!」

声にならない悲鳴を上げてジルが腕輪を押さえながらよろけた
が、なんとか持ち直す
手首には火傷の痕

「電流、か
そのうち死ぬぞ」

少女が弱々しい瞳で神田をみる
そしてなにか見たのか、目を見開くと
フイと目を逸らした

「いいや、この娘は神に愛されている
そう簡単には死なない」

勝ち誇ったような笑顔を誰にともなく向ける男

神に愛されている…?

確かに、さっき殴られたところも押さえてはいたが、出血も骨折はおろか打撲にすらなっていない


恍惚とした表情の男は続ける

「こいつが居てくれるから俺らは安全なんだ」

そういうと、ぽん、とジルの頭に手を乗せる

神田は驚いたが、ジルの瞳は少し光を持ったように見えた

「ただもう少し躾が上手くいけばよかったのだが
外に出るな、と何度も言っているのに何度も脱走しやがる
ま、その度に戻ってくるがな」

ぐい、と少女の小綺麗な髪を引っ張る

「――っ」

わざわざ撫でてから痛め付けなくとも良いと思うが、神田は部外者
立ち入ることはできない


「………情報代はここに請求してくれ」


そういうと、踵を返し部屋からでようとした

「まちな
こいつに案内させる
迷われても困るからな」

そういうと、ジルを神田の方に押した

確かに入り組んだ建物だが、案内をつけるまでもないだろう
もしくは…
探られて困るところでもあるのか……?

「こちらです」

ジルが掠れた声を絞り出すと、スタスタと歩きだした

「あ、ああ」

部屋から見えない程の距離が離れるとジルは歩きながら振り返って神田を見た

「貴方と私、にてる
にてるけど、違う
ねぇ、神様がいるとしたら何故私達だけ愛してくれない?」

初めて見た時、この少女の目はガラス玉のようだと思った
見た物を所々歪めてを受け入れる
そんないつ割れるかわからない瞳
でも、今は透明な水晶のようだと思う
綺麗過ぎるが為に見る必要のないものまで見えてしまう

「神なんざいねぇよ」

神の結晶を持つ神の使徒とは思えない言葉

「そう、やっぱり」

予想通り、と呟くとジルは手を自分の喉にやり、その瞳を濁らせた

乳白色の水晶
世界の醜い部分を理不尽な部分を見ないように、と濁らせる

言いようのない欠落感が神田をおそう

「じゃあ、ここです
さようなら」

いつの間にか着いていたらしく、神田ははっとした

「おい、第4区ってどこだ?」

「…血の臭いがするからわかりますよ」

触れたくない話題だったのか、濁った水晶が揺れて細い肩は震えた

「そうか」

労いの意味もこめて、頭に手を乗せると
別れの言葉も言わずにくるりと踵を返して、飢えで半死半生の人が転がるスラム街にでてゆく
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