独立への戦火

□第三章
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6/25 22:10 ヴェル王国
ランジット空軍基地

静けさを身に纏うように夜は老けていく。漆黒の夜空に浮かぶ月が日の光を反射し、地上を薄明るく灯していた。満月とまではいかないが、半月から正円になる途中の微妙な形状をしている。風は穏やかな微風で、草木はサワサワっという風に、優しい擬音を放って揺れている。静かな夏の夜に相応しく虫の音も聞こえる。日中に比べて気温が落ち、鉄筋コンクリートの建物やアスファルトできれいに整地された道路も、ひんやりと冷えて涼しさを感じる。
攻撃を受けた形跡の無い通路。もっとも客観的に見れば、攻撃をしに行くのは決まっていつもヴェル側なのだから、被弾形跡が無いのは当然だ。豊富な鉱物資源や潤沢な財政により、安定した政治力を誇っている。上層部の将官から下層の兵士まで装備一式提供して貰えてるんだから、軍事力は北インジュニアでも1位、2位を争う。金にものを言わせて得た兵器の数々、総額は数百兆ドルに達するだろうし、一年の国家予算クラスになる兵器をヴェルは保有しているのだ。小国の一国くらい簡単に占領できそうな予算である。
そこまでの富と財力を誇っているにも関わらず、内部情勢は異なっていた。

国王を持つヴェル。政治の中核を担うは貴族院。中世ヨーロッパのような封建制と権限を持った貴族達が富を築き闊歩する。一般階層に当たる平民が泥水を啜るかの様に原始的な格差社会や高額な税金に嘆き、政治への絡みが無い内部情勢が今日まで続いていた。無関心と言うわけではなく寧ろその逆に至る。これまでにも参政権を得る為に、内部テロや暴動が沸き起こる事がしばしばあったが、その全てが国王の実力公使で解決されていた。「暴徒と化した民の鎮圧」という大義名分を元に、完全武装を施した「国王親衛隊」と呼ばれる貴族出身の特殊部隊が、生身の民を撃つという愚の骨頂を犯していたのだから。ヴェルでは「民に嫌われる国王」というイメージが常に付き纏う。更に外交に至っては、国際社会からの非難が著しい…特に隣国からはかなり敬遠されがちになっているのが実状である。

時に今日この夜、幻想的な静けさを物語っていた基地構内、そこにいるだけでリラックスできる環境が整っていたのだが、年相応に脂の乗った一人の男性の怒声で何もかもが台無しとなった。
兵装格納庫へと続く細い路地、仄(ホノ)かに明かりが灯る空間で原因が判明。案の定、貴族出身と見られる肥太った温室育ちの佐官クラスの中堅士官が部下を罵倒していた。今にも制服の牡丹がちぎれ飛びそうな、弛んだその全貌はどう見ても軍人には似つかわしくない。口先だけで野次を飛ばしつつ、後方安全地帯で我が身の安寧を確保する側の人間にしか思えてならない。或いは陸軍の「格好のサンドバッグ」だ。しかし部下は、罵詈雑言を言われても、一向に刃向かう様な目つきや意思が感じらんない。いや逆らえないのだ。上官の命令は絶対なのが軍人だ。それに貴族と平民では社会的な地位が異なり相性も悪く、鶴の一声でクビを宣告されるかもしれないからだ。下手すれば営巣入り、かなり劣悪で監獄入りだ。そういう理不尽な権限が通ってしまうのがヴェルで暮らす平民の現実なのである。
「――それで結局、デストニングに何機撃墜されたんだ?」
怒ってばかりでは埒あかないと思ったのか、中堅士官はデストニング…フラッシュ1の総撃墜数を訊いてきた。
「は……開戦から1年で……64機になります」
少し言いにくいのか部下はオドオドしながら報告した。それを聞いた中堅士官は一瞬身体を身震いさせた。恐れているのではなく、あくまでも部下が答えた数字に対して、だ。
「数千万ドルもする戦闘機が64機もだと!?くそ、忌々しい奴め!!」
苦虫を噛み潰したかの様な顔で驚きを隠せない中堅士官で呟いた。放った言葉に毒が入り混じる。次第にフツフツと湧いた怒りは、呆気なく沸点の臨界を超え顔を少し紅潮させて怒鳴る。
「手は打っているのか!!」
怒鳴られたのは分かるが、その言葉は「他人任せ」に聞こえるので威厳というものが全く感じられない。そう思えるのは、彼が温室育ちで頭が働かない側の人間だからだろう。部下のオドオドは相変わらずだが、上官の心理を読み取ったかのように間髪入れずに答えた。
「は、はい。実は対デストニング用に新しいミサイルを購入しまして……こちらです」
「新しいミサイル」という単語に反応したのか否かは知らないが、中堅士官の怒りのボルテージが直ぐに下がったのは確認できた部下の男。兵装格納庫の奥の扉を解放し、新しいミサイルの全貌を明らかにした。
「ほう…これがそうか」
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