短編

□Mehr Licht!
1ページ/8ページ

Mehr Licht!・1

「おや、お嬢さん、どちらかへお出掛けですかな」

 落ち着いた男性の声はむしろ暖かな、例えるならば小春日和の昼下がりの太陽のように、穏やかで温かみのある声音ではあったが、時と場所と――なによりもそれを――発した人物次第では、夜にはやわらかく降り積もった雪も朝には凍てつく路面へ変わるように、冷気をはらんだ声音として届くものである。

「し、神父様、あの...これは」
 おどおどと振り返った二人の少女を覗き込む神父――ウィリアム・ウォルター・ワーズワース教授――には、彼女らの顔に覚えがあった。
「君達はここの見習いシスターくんだね」

 その問いに対する答えは返ってこなかったが、それ以上に彼女らの見開いた瞳に揺れる戸惑いの色が、言葉以上に二人の素性を表している。やれやれと神父であり教授であり・・・何よりも紳士であるウィリアムは、彼女達を追い詰めていた視線をごく自然なしぐさで逸らし開放してやりながら、自らの瞳に浮かんでいた探求心の光をそっと吹き消し、改めて人の良さげな表情を作り上げたその顔を、綺麗に隠した好奇心の命じるまま再び少女へと向け直した。

「シスター服はどうしたんだい?」
 ウィリアムは彼女達が寄宿舎から抜け出し、遊びに行こうとしていると気付いてはいたが、敢えて核心には触れずに問いかける。

「一生のお願いですっ、今日だけは見逃してください」
「さいっ」
 二人のシスター見習いが、主へ祈りを捧げる時以上ではと思えてしまえる真剣さで、ウィリアムへと手を合わせてくる。
「そんなにどこへ行きたいのか、差し障りなければ聞かせてもらえるかね?」

 とたんもじもじとアイコンタクトを送り合っていた二人だが、黙っていても見逃してもらえる訳ではないと悟り、背の高い方の少女が意を決して言葉を紡ぎ始めた。
「喫茶店(カフェ)に、行きたいん...です」
「・・・」

 教授が即座に想定していた45通りのいずれにもかすりもしない返答に、彼は一瞬唖然とした表情を浮かべかけたが、既の所で紳士の面目を保つ事に成功する。
「何故、今日でないといけないんだね?」
「はい、神父様。その喫茶は今月いっぱいで閉店してしまうのです」

 少女は真剣そのものだ。まるで明日、この世が終わってしまうからとでも言わんばかりである。
「ふむ、それ程の店なら、私も一度覗いてみたいものだね」
 ゆったりと腕組みしながらそう呟いたウィリアムの台詞に、意外な事に少女達は微かに顔を歪めた。
「神父様では、お楽しみになれないかもしれませんわ」

 そう返答した後、互いに軽く頷き合い
「ナイトロード神父様が通われてらっしゃるカフェの方が多分...」
「え?ナイトロー・・・アベルくんが?」
 神父アベルと言えば、貧乏の代名詞の様な男である。
「失礼だが、それは誰かと見間違えているのではないのかね?」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ