短編

□ショコラケーキ
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ショコラケーキ・1

「ユーグ=ド=ヴァトー神父、何をしている」
 トレスの真っ直ぐな視線の先には、エプロン姿の"ソードダンサー"が、卵を手にキッチンに立っていた。
「ショコラケーキを作るんだ。師匠が食べたいとおっしゃっていたのでね」
 
 ユーグの言う師匠・ウィリアム教授の真意に気付いていた弟子は、そのショコラケーキを作る事で師匠に気遣う気持ちを伝えようとしていた。
 
「了解(ポジティヴ)した」
 トレスはそう答えると自らもベージュ色のエプロンを着用し始める。きっとトレスは聞いたそのまま―――教授がチョコ味のケーキを食べたい―――と思っているのだろう。
「作業の指示を、ヴァトー神父」
 
 以前のユーグであれば"君がか?"と即座に疑問を口にしたかもしれないが、今なら自然にその申し出を受け入れる事ができる。人を殺す事しか知らなかった子供も、家族と接し、家族を守り守られ・・・成長し続けていると知っているから。
 
「では卵白を泡立ててくれ、ァ...イクス」
「・・・」
 つい"アニエス"と続けそうになったユーグだが、ごく自然に名前を掏り替える。気付いたのか気付いていないのか、特に感想も疑問も待たなかったらしいトレスは、差し出されたボールと泡立て器を無言で受け取った。


「お兄様っ」

 
 在りし日の愛しき存在が脳裏に浮かぶ。ありふれた日常が、どれ程の幸せであったことか。無くしてから気付く愚か者よ・・・。
 
「どうしたヴァトー神父。体調が優れないのであれば、即座に作業を中断し、しかるべき対応を取る事を推奨する」
「いや、違うんだイクス。以前アニエス...妹、に父上と母上にプレゼントしたいからと、ケーキの作り方を教えてくれとせがまれた事を思い出していたんだ」
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