蜃気楼小説

□やってみようシリーズB
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これが報われない想いである事は充分、承知していた。
男同士。しかも相手は未成年。
自分の事をそんな対象になんか思ってもいないのが分かっているのに、彼に傾いていく気持ちは止められない。

「最近、やっと慣れてきてさ。撫でさせてくれるようになったんだ」

「そうですか…」

2人、境内にある小さな池のほとりに座り、お弁当を食べる。
と言っても、弁当を広げるのは高耶のみで、直江はペットボトルのお茶を飲むだけである。
この後もう一件、直江は法要を控えており、それが済むまでは食事はするつもりはなかった。
こうしてお昼のひとときを2人で過ごすのが、毎日の日課。
直江にとっての至福の時であった。

「にゃんこも、あなたに拾われてきっと幸せですよ」

にこりと笑って、水筒のお茶をコップに入れて手渡せば。

「……恥ずいから、そんな事言うのやめろ」

耳まで真っ赤にしてコップを受け取る高耶。

「やめませんよ。本当の事を口にしているだけですから」

「だーかーらー」

高耶は、決して親切の押し付けはしない。
誰かが困っているのを見ると、当然のように側に行き、手を貸す。それはあまりにも自然で、当たり前の事として高耶の身に染み付いているのだろう。
自分が、計算高い打算まみれの人間であると充分承知している直江からしてみれば、彼はまさしく仏のような存在だった。
仏の教えを学ぶ者であるからこそ、その純粋さ・透明さにどうしようもなく惹かれてしまう。

「にゃんこって呼ぶと、振り向くようにもなったんだぜ」

「それはまた……。しかし、やっぱり名前はそのままなんですね」

普通ならもっとペットらしい名前を付けるだろうに、なぜか高耶はずっと『にゃんこ』と子ネコの事を呼ぶ。

「……まあな」

高耶が、やや声のトーンを落として意味ありげに呟く。

「…………?」

その事に気付いた直江が、口を開くより先に。






「高耶ー! 何してるー、仕事始めるぞー!!」

「わっ、ヤベッ。はーい、棟梁! 今、行きまーす!!」

残っていた弁当を慌ててお茶でかき込み、高耶は立ち上がる。

「俺、行くわ」

手際良くカバンに弁当箱をしまい込み、立ち去ろうとした高耶だったが…。






「…………?」

ピタ、と立ち止まった少年の背中に、直江は首を傾げる。







「名前………」




「えっ?」

振り返らないまま、続けられる言葉。







「直江が最初に言ったから。『にゃんこ』って…」

「?! それって…」

「じゃあな!」

ハッとなって立ち上がる直江の気配を感じた高耶は、そのまま一度も後ろを向かずに走り去っていってしまった。







「高耶さん…」


決して振り返ろうとしなかったその顔は、きっと真っ赤になっていたに違いない。
そう思うと、直江の心はどうしようもない喜びでいっぱいになるのだった。









「高耶さん…………愛してますよ」
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