蜃気楼小説
□やってみようシリーズB
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直江はと言えば、境内にある鐘の側で、大きな声でやりとりする師弟二人を、じっと見ていた。
「そんなへっぴり腰でどうする。しっかり持っとけ!」
「はい!」
ねじりハチマキを頭に巻き、トンカンと金づちをふるうのは、現在、この寺の修復作業に取り掛かっている大工の棟梁・嶺次郎。
まだ30代の若さながらその腕は確かで、様々な現場で引っ張りだこな男だ。
そんな嶺次郎の手つきを、じいっと睨むように見つめる黒髪の少年こそ、彼の唯一の弟子・高耶だ。
高校を中退してこの仕事に就いた彼は、まだまだ幼さの残る面立ちながら、仕事に対する姿勢は真面目そのもの。
どれだけ怒鳴られ怒られても食らい付いてくるその根性は、今時の若者にはにはなかなか見られないものだった。
「バカ野郎。ボサッとするな」
「すんません、棟梁!」
嶺次郎の怒声に、高耶は黒くて大きな瞳を細める事なく耐えている。
揺るぎないその眼差しは、どこまでも真っ直ぐだ。
「よし。休憩するぞ。メシ食ってくるから、そこ片付けとけ!」
「はい。お疲れ様でした」
大工道具を置いたまま、その場を後にする嶺次郎に深々と頭を下げ、高耶は言われた通りに片付けに取り掛かる。
だが…………。
「あっ…」
ふっと、頭を上げた高耶は、そのまま本堂までパタパタと駆けてきた。
(………?)
怪訝に思う直江の目の前で、高耶は法要を終えて出てきた老女に手を添えると、靴を履く手伝いを始めた。
「大丈夫ですか?」
「はい…。お若いのに、ご親切に…」
老女は嬉しそうにと笑い、高耶に導かれるまま靴を履き、曲がった腰をさらに曲げて礼をした。
「ありがとうねえ」
そう言って、カバンから何かを取り出すと、高耶の手に握らせた。
慌てて断ろうとした高耶だったが、握らされた物を見て数秒迷った後、ペコリと頭を下げた。
そのまま、杖をついてよろよろとした足取りで帰っていく老女の背中を、見えなくなるまで見送った高耶。
次の瞬間、フッと表情を和らげた。
(ああ……。敵わないな)
一部始終を見ていた直江は、心の中で降参のポーズをとり、高耶に近付いていった。
「早く片付けを済まさないと、昼ご飯を食べる時間がなくなりますよ」
「直江!」
高耶が驚いた顔で、近付いてきた僧侶姿の男を見上げた。
決して背の低い方ではない高耶でさえも見上げる程の長身の男。
初めて会った時の高耶の第一声が『でけぇ…』だったくらいだ。
臨時住職としてやって来た直江と、嶺次郎と共に寺の修復にやって来た大工見習いの高耶が出会ったのは、2週間前。
ある事がきっかけでだった。
「一個やるよ」
ぽいっと投げてきたものをキャッチした直江は、高耶がさっきの老女に貰ったものがアメ玉だと知る。
「ありがとうございます」
(つうか、やっぱ信じらんねぇ。こいつが坊さんだなんてな)
これだけのイイ男だ。
人の目を惹く華やかな仕事をしていてもおかしくないのに、なんでまた僧侶なんて地味な仕事をしているのか。
イマイチ、実感が湧かない高耶だったが。
(けど、こいつの読経。すっげーイイ声なんだよな)
直江が読むお経に、聞く者は耳どころか心まで奪われてしまうのを、高耶は出会ってすぐ知った。
「にゃんこは…」
「えっ?」
おもむろに呟いた直江の一言に、高耶はハッと顔を上げた。
「にゃんこはお元気ですか?」
「ああ…。今はお袋がみてくれてる」
『にゃんこ』――――――――それは、こうして直江と高耶が親しく喋るきっかけを与えてくれたもの。
本堂の下から出られなくなってみゃーみゃー鳴いているところを、半日かけて見つけ出し、救出したのが高耶だった。
仕事中だった事もあり、嶺次郎には『仕事をサボるとは100年早い!』と大目玉をくらった高耶だったが、身体中にひっかき傷を作りながらも小さな子ネコを抱き抱えるその顔には、満面の笑みがあった。
子ネコはそのまま、高耶の家に貰われていき…。
その日から、直江の胸の中には唯一の存在が住むようになった。