蜃気楼小説

□IN MY ROOM
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この男が口にする言葉は、たまに口説いているとしか思えない時がある。
男相手に何を言ってるんだと怒っても、本人は至って真面目に言っているのだから、余計にタチが悪い。


『で、本当は何か用事あるんだろ? どこかの怨将でもまた暴れ出したわけ?』


かれこれもう3度、直江や綾子に呼び出されて怨将退治に赴いた高耶。
いい加減、自分が彼らの言う上杉景虎なんじゃないかと嫌々ながらも思うようになってきた。
学校には、生徒名簿に載っていない架空のクラスメイト・千秋修平だっている。
知らない間に調伏なんて技も身に着けてしまっていては、否定もできない。
とはいえ、記憶の方は一向に戻る気配はなかったが。


『景虎様に、用事なんだろ?』


『いえ。高耶さんの声が聞きたかっただけなんです』


『……俺でいいわけ?』


『はい』


至極、当然という直江の返事に、高耶は内心でホッと息を吐く。
たとえ<力>が使えたって、やはり景虎が自分と同じ人間だとは思えない。ちっぽけなガキの自分の事なんか必要とされていないのが悲しくて、みんなが景虎ばかりを求めているのが寂しくて、でもそんな子どもみたいな気持ちを表になんか出せなくて…。

一人、高耶は悩んでいた。

もちろん、ただ一人にだけはバレていたが。


『近いうちに、お伺いする事になると思います』


『……なんなわけ?』


『それはお逢いした時に』


『何だよ。意味深だな』


『別に。深い意味何かありませんよ。じゃ、また』


言うだけ言って、電話を切った男は、いつも憎たらしいくらいの大人の余裕で高耶を翻弄する。
電話だといつもより冷たく感じるのは、やはりあの包み込むような優しい眼差しがないからだろうか。
自分だけに見せてくれる、全面的な信頼を映した、直江の瞳。
あれだけは、俺を裏切らない。
信用して背中を預けられる瞳。







「確かに、近いうちにお伺いしますって言ってたけど……、まさか次の日にもう来るだなんて、普通思わねえだろう」


「そうですか?」


さらりと高耶の嫌味を聞き流すのはいつもの事。
涼しい顔で部屋の入口に立つ長身の男に、高耶はハッと気が付く。


「つうか、お前何してんだよ?」


「ここが高耶さんのお部屋ですか…」


リビングに通されていたはずの男は、興味深げに顎に手をやりながら高耶の部屋を見渡している。
壁に張られたポスターに、テーブルの上に放ったままの鞄。ベッドの上は、朝起きたまま布団の洞窟ができている。


「見んなよ!」


口許を歪めている直江は、どこか嬉しそうにも見える。
高耶は羞恥のあまり真っ赤になり、スーツの背中をぐいぐいと押し出す。


「ほらっ。もう着替えるんだから出ていけ」


「いいじゃないですか。わたしの事は気になさらずに着替えて下さい」


「………」


「男同士じゃないですか。恥ずかしがる事なんか、何もないですよ」


直江の当たり前のそのセリフに、そりゃそうだとどうしても納得できない高耶。


本能が危険を察知しているのか、野生の勘か?
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