コラボ小説

□迷探偵を起こさないで 5
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直江が食堂に入ると、少年は必死に何かと格闘しているところだった。


「どうしたんですか?」


「ああ、ちょうど良かった。これ、いくらボタンを押しても動かなくて…」


少年が手にしているのは、動かなくなって久しい彼の唯一の持ち物。
白い携帯電話。


「電話をかけたいんですか?」


「ええ」


「……………ご自宅の電話番号が思い出せたんですか?」


「いや。親友の電話番号なら分かるかと思ったのだが…」


そう言って、口惜しそうに俯く少年に、直江は眉を潜めた。
どこから見ても、普通の十代の少年。
恐らく、活発でいて利発。スポーツなんかも万能で、でも引っ込み思案なところもあって…。
きっと意地っ張りなくせに、素直な性格で。


「その上、女王様で傲慢で、世界は自分中心で回っていると信じている究極のSであると同時に、イジメられる事が大好きなMで…」


「直江さん?」


直江が壁の一点を見つめたまま、ブツブツとわけの分からない事を言い始めたので、少年は恐る恐るその名前を呼んだ。


「ハッ。いけない、俺としたことが!」


我に返れば、気の毒そうな眼差しの少年が1人。


「あっ。そうそう。焦っても仕方ないですよ。そのうちきっと、記憶は戻りますから。俺が付いているから大丈夫」


「はあ…」


最後の言葉を聞き、余計に心配そうな顔になる少年を見ながら、直江は中川が言った言葉を思い出していた。






『彼はきっと、何らかの事故に遭って上流からここまで流されてきた。その時、強い恐怖を感じ、咄嗟に違う人格が出てきたんじゃないのかな。普通は、全く架空の人格が生まれたりするもんなんじゃが、彼の場合はなぜか「上杉景虎」だったんだろうな』


『「上杉景虎」なんて知らないですよ?』


『もちろんじゃ。君らが生まれるずっと前に流行ったような推理小説じゃ。頭脳明晰。神のごとき名推理で、どんな事件もたちどころに解決! 誰が呼んだか、毘沙門天に愛された少年探偵・上杉景虎。…確か、そんなキャッチフレーズだったな。彼はきっとどこかでその名前を聞き、知っていたんじゃよ』


その証拠に…、と博士は少年の前にさっと自分の指を1本立てて、かざして見せた。


『これは、何本に見える? 何、簡単なテストじゃよ』


『……1本ですが』


『じゃあ、これは?』


『3本です』


『じゃあ、これは?』


そう言って、中川が次にかざして見せたのは、小さな手鏡だった。




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