コラボ小説

□迷探偵を起こさないで 2
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人生に成功した人間が言う言葉には、こんなものがある。
「人間にあるのは2種類だけだ。使う人間か使われる人間かだけ」と。



しかし。直江は思う。



「所詮、人間は2種類しかいない。跪く人間か跪かせる人間かだけだ」








「直江君。君は一体さっきから何をブツブツ言っておるのかね。そんなに目の下に分厚いクマなんぞ作って」


「それは博士が! ……いやいや、もう十分学習したはずだ、信綱。俺がどれだけ声を張り上げたところで、博士には何の痛手にもならないんだという事が」


壁に向かって、ブツブツと独語をやめない助手の姿に、中川博士が気の毒そうな顔をする…はずがなかった。


「綾子君。いかに穏やかで紳士的で怒る事を知らぬお人好しの男でも、5日寝ないでいると、そろそろ理性が崩壊する頃だと思うか?」


嬉々としてモニターの数値を見つめる中川の後ろ姿に、ため息を一つ吐くのは背の高い白衣を着た美女。


「そうですわねえ。でも、普通の人間なら3日ともたいでしょうけど、相手は『あの』直江ですわよ? あまり一般男性と同じ括りにするのはどうかと思いますが」


控え目ながらも、ズバッと意見してくるところが彼女の長所だ。
しかも、中川同様、頭に様々なコードを付けられ、明らかに実験台とさせられている男に対する同情は、その表情からは全く窺えない。


ここは町外れにある『中川研究所』


周りにはほとんど民家がなく、小さな川の河口付近に建物は存在していた。
広大な実験施設と研究資材が置かれた建物の中で働くのは、たったの3人。
博士の中川 嘉門と、美人秘書の門脇 綾子。
それに、苦悩の助手・直江 信綱だった。
中川は様々な博士号をもつ、いわゆる天才で、学会ではアインシュタインの再来と呼ばれる程の有名人だ。
いでたちは、白髪のやや後退した頭に、白いひげ。やや腰の曲がり始めは気になるが、まだまだ若い者には負けない体力と発想力を誇っている恐るべき老人だ。
実際の年齢は綾子も直江も知らない。
中川曰く。


「知らなくていい事もあるのだよ」


その上、性格は口では言い表せない程にぶっ飛んでいて、マッドサイエンティストとは彼のためにあるような言葉だった。
だから、この研究所には人が寄り付かない。
そして、中川の下で働く憐れな生贄。お人好し選手権でダントツぶっちぎり1位を獲得できるであろう男・直江信綱。
彼が隠されていた自分でも知らない性癖に気付くのはもうちょっと先なので、今はまだ博士にいいように使われる可哀想な青年でしかない。
ルックスは190センチに近い長身に引き締まった体躯。
日本人にしては薄いブラウンの瞳と髪が、より一層、彼を極上の男に見せている…はずなのだが、彼が女性にモテた試しがない。
それは、彼が今時テレビでも見なくなった程の昭和初期の奥手な男そのものな性格をしているせいだった。
一部、周りの人間からはサムライと異名をとる程のその律義さとかたくなさは、恋愛に甘さを求める女性達にはうっとうしい以外のなにものでもなかった。
しかも、その律義さがあだとなり、数少ない中川研究所の職員として何年も働かされる羽目になっている。


「直江も、きっと研究所をやめればモテモテになるんだろうけど、ね」と内心では思っていても自分の仕事が増やされないためにも、決して口に出す事をしないのが、デキる秘書・門脇綾子だ。
直江に常に漂う世界中の不幸を一身に背負ったかのような悲壮感も、女性にモテない原因の一つだ。
そして。中川研究所の紅一点・綾子は誰もが認める美女だ。
ウエーブのかかった豊かなブロンドに、肉感的なボディ。どこのモデルかと見紛うような目の覚める美しさを放つ綾子だったが、どういうわけか職業はマッドサイエンティストの秘書なのだ。
同じ大学で学んでいた全ての男子学生に教授達までもが、綾子の就職先を知って落胆した。


何で? どうして?? 人生を捨てる気か???


しかし、彼女を追って、中川研究所に就職しようとする男は一人としていなかった。


どうしてかって?


「だって、『あの』中川研究所だぜ?!」


「あら。博士。雨が降ってきましたわ。風も出てきたみたい…。夕立にしては雨粒が大きいし、今夜は嵐になるのかしら」


窓の外を見て、ふっと憂い顔で呟く綾子に反応したのは中川ではなく、頭に付いたコードをブチブチッと力任せに引きちぎり、立ち上がった直江だった。


「いかん!」



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