蜃気楼小説

□やってみようシリーズ@
1ページ/2ページ



ブロロロロ…


「よう。今日の荷物はこれだけかい?」


「ああ。あと1便で本日の仕事は終了だ」


「あとは、可愛いかみさんのとこに帰るだけってか?」


「ハハハ。その通りだぜ」


トラックが行き交う大型倉庫で、男達はいつものように軽口を叩き合う。
荷物の積み降ろしは、迅速丁寧に。
道路に出りゃあ、俺様の前を走る奴は何人たりとも許さねえ…とばかりに自慢のドライブテクでぶっちぎり。
でも、歩行者と初心者マークには優しいゼ。
そんな彼らは、トラックの運転手。






キャーキャー






「んっ?」


「おっ。またかい?」


そんなトラックの運ちゃん達の巣窟で飛び交うのは、野郎共の怒声。…のはずなのだが。


「今日も豪勢に集まってるね〜」


聞こえてくるのは、女性達の黄色い歓声。


ここ、『蜃気楼運送』で、2週間程前から起こっている現象。それは…






「きゃあ。今、こっち向いてくれたわ!」


「うそ。やだ〜!!」


女性陣が、フェンスの向こうから熱い視線を送っているその先には、1人の青年。
長身で、スラリと伸びた手足。
華奢ではないのに、スレンダーに引き締まったボディライン。
サラリとした黒髪に、精悍な顔立ち。
その黒い瞳は、真っ直ぐで恐れを知らない少年のよう。
女性が憧れ、熱い視線を送るのも無理はなかった。

しかし…。




「「「仰木さん、かっわいい〜!!!」」」




男らしいはずの青年に対する声援は、決まって「可愛い」だった。


「最近やっと、あの声援にも慣れてきたぜ…」


「あの生意気な兄ちゃんの、どこが可愛いいんだって思ってたけどなあ…」


新入りとしてトラックの運ちゃんの仲間入りを果たした仰木青年は、無口で無愛想。
顔はいいのに、ニコリともしない堅物。
ドライブのテクは文句なし。勤務態度も真面目そのものだが、いかんせん喋らなさ過ぎて周囲からは完全に孤立してしまっていた。



だが。



「…あいつが側にいると、なんでか可愛いく見えるんだよな〜」


運ちゃん達が見つめていた黒髪の青年の側に、いつの間にか寄り添うように立つ、さらに長身の男。



きゃー!!!!!!



女性陣の歓声が、さらに5割り増しになる。


「橘さんよ! 橘さんがいらっしゃったわ!!」


「ああ…。今日もステキなお姿…」



「「「橘さん、カッコイイ〜!!!」」」







仰木青年から遅れる事2日。


『本日からこちらでお世話になります、橘です。どうぞ、よろしく』


そう言って、にっこりと微笑み深々と頭を下げた新入りは、俳優ばりのイイ男だった。
日本人離れした長身に分厚い胸板。威圧感ありまくりな体躯を裏切る、柔らかな物腰。
そして、ハスキーボイス。
その場にいる全員が瞬時に思った。



(((なんで、トラックの運ちゃんなんかやんの??)))










「高耶さん。荷物はもう運び終えましたか?」


「……」


「今日はもう上がりですよね」


「……」


「この後、ご一緒に夕飯でもどうですか? あなたが好きそうな店を見つけたんです」


「……」


遠くから見て、2人が何を喋っているのかは分からなかったが、一方的に橘が仰木青年に話しかけているのは明らかだった。


「おーおー。相変わらず懲りない男だな、あいつも」

「イイ男は何をやっても様になるねぇ」


狙った獲物は逃がさない。
百発百中な魅惑のスマイル&ボイスで話しかける橘に、仰木青年の反応はいつも無言だった。


「……」


自分の愛車をピカピカに磨き終えた仰木青年。
そのまま、何も言わず橘の横を通り過ぎようとしたが…


「!」


なぜか、ガクッと足をもつれさせたかと思うと、そのまま橘の胸に飛び込んでいってしまった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ