蜃気楼小説

□5月3日。晴れ
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今日はGW初日。
休日というのに店は大繁盛。朝からずっと立ちっぱなしで座るヒマもない。
昼食を食べたのだって、ついさっきの話だ。


「ほら。もうじき母の日が近いだろ。だからだよ」


そう言って店長は、額に滲む汗を拭いながら申し訳なさそうに口を開いた。



ここは市内にある花屋だ。
住宅街もオフィス街も適度に近いため、客層も幅広く、客の多い時間もまちまちだ。
しかし、今日のような客の入りは年に数回もない。
どうしたっていうんだろ?


「しかも、なんで赤い薔薇ばっかり34本??」


さっきから数え切れない程作っている花束には、全て共通点がある。
真紅の薔薇が34本。
予約のTELを入れてくるのは決まって若い女性。


「店長〜。これって母の日は関係ないですよ。だって薔薇だし」


今日は人気アイドルかなにかの誕生日に違いない。
内心、そう納得したわたしは柱の時計に目をやると、隣りに立つ店長に声をかけた。


「店長。今のうちにお昼食べてきたらどうですか? 4時過ぎたら花束取りにくるお客さんが押し寄せますよ」


「おっと、そうだな。じゃ、ちょっと行ってくるから残り頼んどくな」


「ハーイ」


そう言ってエプロンを外した店長は、同じテナントに入っている顔なじみの喫茶店に入っていった。


「さて。ぱっぱと片付けますか」


一人残されたわたしは、水の張られたバケツの中で順番待ちをしている真っ赤な薔薇に向かって腕まくり。


戦闘開始だ。


黙々と仕事をこなす事、20分。
誰もいないと思っていた店内に、人影が立っていた事に、ふと気付いた。


(えっ…?)


背の高い、スラリとした青年がいた。
今時珍しい染めていない艶のある黒髪で、モデル並みに手足が長くバランスのいい体格をしている。
パッと見て、目を惹く程に整った顔立ち…でもないんだけど、存在感があるっていうのかな。
とにかく、不思議と目が離せない。


(わたしより7、8つくらい下か。残念…)


「あの…」


わたしがそんな事を考えているだなんて全く知らないであろう青年は、どこか恥ずかしそうにカウンターに近付いてきた。


「はい。どうされました?」


その初々しい仕草に、わたしの顔にも自然と笑みが生まれる。


「花束を…作ってもらいたいんですが」



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