深淵

□編曲abyss 独奏1
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終焉は始動に書き換えられた。




かつて、栄光の大地とよばれたものの模造品が轟音の中崩れさっていく。


しかりと確立されていたはずの物質が風化したようにはかなく壊れていくのを無感慨に認識ながら、私は違うものを視ている。






白の残骸の中で際立つ二つの赤。



生命を絶たれ、力無く横たわる紅。



それを護るように紅を取り巻く朱。



朱さえも元の人型の姿ではなく記憶粒子―――私の一部になろうとしていた。




紅の生前の記憶と共に。








私の中で何かが軋んだ。







今では創世歴と言われる時期に共にいた契約者ユリアとの記憶が甦る。






私には感情がない。




あるのはこの星が誕生してからの記憶と、人間には到底計り知れない膨大な英知の粋だけだ。





それを何度説明しようと彼女は、私には《感情》があると言い張るのだ。






私の中で何かが軋んでいるように感じられるのは、物事に対して《悲しい》という《感情》を持っているからだ、と。







意識を戻せば、朱が私と同化し完全に私そのものになろうとするところだった。





二人分の生きた記憶が流れ込んでくるのを、いつものように無感慨に視ていた。







……無感慨だったはずだが。






私は。

私自身が彼等の生を望んでいることに気づいてしまった。







私には感情はない。






だが、何かを《望む》ということは少なからずそれに近いものを感じ取っているということなのか。







そうだ。





少なからず、彼等を生かすことでこの厄介な軋みは軽減されるだろうと確信する。







「ではアッシュ、そしてルークよ」






呼びかけ一つで、融合し始めていた赤が個体となり、さらに朱と紅に分かれ、紅は身体へと還っていった。





元が完全同位体なだけに魂と音素を生成し直すのは造作もないこと。






今まで彼等を蘇生しなかったのはする道理がなかったからだ。





しかしなぜかまだよく判らないが、俄然蘇生する気でいるのだから、自身のことながら万物は愚かしい程に謎に満ちていると驚嘆に値する。








無限の可能性とでもいうべきか。





それならば。

我等によって歪められてしまったあの運命にも無限の可能性があるというならば………。















「―――う…っ」



「目覚めたか」



小さく呻いた紅はそれから間もなく、ゆっくりと目を開けた。






声の主である私を見つけるや、以前のままの射抜く眼差しで睨みつけてくる。







「てめえ……ローレライ!」





それでよい。






「聖なる焔の光よ」






我が半身よ。





おまえに任せよう。







「等価交換だ」






射抜く眼差しが怪訝に歪んだ。





それを見て私は自身がこの状況を少なからず《愉しんで》いることを知る。






どうやら私は、《意地が悪い》部類に入るようだ。






知らぬうちに内の軋みは無くなっている。








やはり、終焉は始動に書き換えられるのだ。








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