書物の欄 伍

□私は選び其の手を取った
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「聞いた?近くの村で、村人が全員焼かれたんですって」

「聞いた聞いた。なんでも魔女が火を放ったっていう噂よね」

「魔女狩りが行われてから日が浅いわけでもないのに。恐ろしい話よね」

「魔女狩りといえば……。いつ私たちの村の魔女を狩ってくれるのかしら」

「しっ。魔女に聞かれたらどうするの」

「かまやしないよ。……あぁ、ほら。噂をすれば、だ」

「ほんとう。早く行きましょう」


街のあちらこちらで聞こえる噂話。先日近くの村で、村全体が焼かれた事件があった。そしてそれと同じくらい囁かれる、村の魔女

少女――ライラは魔女と呼ばれ、村八分にあっていた。理由は見慣れない色の髪と目。そして、美しい容貌。両親のどちらにも似ていないと、生まれた頃から疎まれていた
ライラが街を歩けば、大人たちは囁きあい、指を差す。子供たちは石を投げ、枝で叩く。誰も止めない、止める者など誰一人いなかった

村はずれの荒屋に、ライラは一人住んでいた。食物を買いに行こうにも、店員は相手にせず追い払う。まして働き口のない彼女にはお金がなかった
森で山菜や木の実を取るが、栄養も知識もなく、飢え死にするまで秒読み状態だった。そして、今夜。盗みをはたらく心算だった

満月の今日。人影もない真夜中に、ライラは石畳の街道を走っていた。日中に目星を付けて、開けておいた店の窓をそっと開ける。中を見渡して人がいないのを確認すると、するりと中へ入った
首尾よく物を手に入れ、窓枠に足をかけた所で、店主が目を擦りながら入ってきた。固まっているライラを視界にいれ、目を見開いた。と、すぐさま大声をあげて明かりを点けた


「泥棒ー!待て、このガキがぁ!」

「ヒッ……」


小さく悲鳴を上げ、街中を走った。しかし、子供の足が大人に適うはずもなく。すぐさま捕まり、髪を捕まれて引きずられる。広場の中央で、勢い良く身体を投げ出された。その頃になると、騒ぎで目を覚ました村人たちも何事かと集まっていた


「このガキが俺の店に盗みに入ったんだ!」

「ふてぇガキだ」

「これだから魔女は平気で悪事を働く」

「災いにしかならねぇ」

「焼いちまった方がいい」

「そうだ。そうに決まってる」


――  …… ………

大人たちの視線に憎悪が満ち始めた頃、低い声がライラのもとに届いた。しかし低く、くぐもった声になんと言ったかは理解できなかった


「薪を持ってこい!」

「魔女は逃げないように縛っておこうか」

「誰かロープはないか?布切れでもいい」


頭をはじめ、大の男が数人でライラの身体を地面に押しつける。もはやライラを人間として見ている者はいなかった


――モウスグ、我ガ躯ガ手ニ入ル


不意に聞こえた声に、ライラは思わず頭を上げそうになった。が、いかんせん頭を押さえられている。上げることは叶わなかった
その間にも村人たちは着々と準備を進めていく。ライラを即席の磔棒に括り付ける。抵抗する気力もないライラに、村人も労力少なく火を放つまでに至った


「これで俺たちの村も安心だ」


誰かが言った言葉に、あちらこちらから賛同があがる。茫然と眺めていたライラの耳に、先程の声が再び届いた


――ツイニ、コノ時ガ来タ。月ガ、炎ガ、重ナッタ!コレデ私ノ躯ガ戻ル


え?と顔を上げた瞬間、周りにいた村人たちが前から順々に発火していった。そういえば、と熱くない自分の足元を見てみると、火はうっすらとしかなかった。前が明るくなり再び顔を上げると、どんどん炎が人形をなしていった


「なに……これ?」

「ホウ、オ前ガ贄カ」

「贄……あなたは、悪魔……?」

「人間共ハ、ソウ呼ブナ」


にやり、笑ったような気がした。村人たちの絶叫とともに、炎はまとまっていく。立っている者がいなくなったときには、人形が確かなものとなっていた


「我ガ名ハ シャイターン。娘、私ノ手足トナレ。サスレバ オ前ノ望ミヲ1ツダケ、叶エテヤロウ」

「シャイ……タン?」

「シャイタン デハナイ。シャイターン ダ」


笑う悪魔――シャイターンにライラは魅せられていた。もし、本当に願いを叶えてくれるのなら。私の願うことは、ただ1つ


「あなたの、傍に在りたい。これから、ずっと」

「ホゥ」

「もう、独りは嫌だ」


ならば。と呟きシャイタンは人差し指を、ライラの括り付けられた縄へと向けた。すると縄は一瞬で燃え上がり、ライラの身体は解放された
力が入らず地面にへたりこむライラの前に、綺麗な小瓶が転がってきた。それを手に取ると、中の液体がたぽりと揺れた


「ソレハ人間ニトッテ毒ニナル。永遠ヲ生キル覚悟ガデキタナラ、ソレヲ咽ムガイイ」


すぅっと消える悪魔。シャイターンのいた場所と小瓶を交互に見て、ライラは意志の固まった声で呟いた


「もう独りになることはないのに、なんの覚悟が必要だというの」


コルク栓を抜き、液体を一気に呷る。ゆっくりと瞼が落ちて、ライラの身体もゆっくりと横たわった



Fin.

妄想万歳な時間軸微妙な物語
09.06.04

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