書物の欄 伍
□月の幻惑
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それは、いつも通りの任務のはずだった
B級任務で、どこそこの社長を暗殺するだけだった。そいつがどんな人間で、どんな悪事を働き、ボンゴレに目を付けられたのかはわからない。スクアーロからすると、まったく興味もないことだ
しかし、そいつが命を狙われたことを知ったらしく、チンピラまがいの傭兵を雇ったところから任務が面倒になった。ザコにすぎない無法集団ばかりではあったのだが
その程度の連中にてこずる筈もなく。スクアーロは潜入してものの数十分で、今回の対象者を暗殺した。剣に付いた血糊を払うように、剣を振る。ピチャと水音がすると同時に、背後に人の気配が現れた
勢い良く振り返ると、そこにいたのは自分より7,8才下のような少女。右上で括られた髪が、楽しそうに揺れる
「へぇー。すっごぉい。さすが暗殺者。ね、あなた。その隊服はボンゴレ・ヴァリアーでしょう?小部隊長くらい?
それにしてもあの人、ボンゴレに目をつけられるようなこと、してたんだぁ。ダッサァ。だからこんなガラも腕も顔も頭も悪いザコばかり雇ったんだぁ。笑えるー
ねぇ、ヴァリアーさん。この建物にいる傭兵はぜぇんぶ倒しちゃったんでしょぉ?」
ひとしきりけたけた笑って満足したのか、スクアーロに向き合い首を傾げた。呆けて油断していた自分を叱咤し、いつの間にか下がっていた腕を持ち上げる
「そうだぜぇ。お前で最後だぁ」
「ふーん。やっぱりボンゴレって強ぉい。あなたきっと部隊長さんでしょ?上にはもっと強いのがわんさかいるんだろーなぁ。いいなぁ」
「うぉぉぉい!誰が部隊長だぁ!」
「ちょっ、うるさいぃー!部隊長じゃなければ、なんだっていうのさ」
耳を塞ぎながら、彼女も叫んだ。柳眉を逆立てて不機嫌を顕にする
「幹部に決まってんだろぉ」
「へぇ……」
スクアーロの言に、すっと目を細めた。品定めするように全体を見据え、ゆっくりと口を開いた
「ねぇ、あなた。私のもとに来る気はないぃ?」
予想外の言葉に、スクアーロは開いた口が塞がらなかった。
この状況で、どうやったらそういう方向に話が飛ぶんだ?
「切り口を見たけどぉ、すごく綺麗だったのよねぇ。無駄な動きもなさそうだしぃ?どぉお?」
「………」
「暗殺なんてダッサイ仕事辞めたらぁ?あなたならもっと派手に闘りあう方が合ってるんじゃなぁい?」
無言を悩んでいるととったのか、気をよくした彼女の口からは次々と言葉が溢れてくる。やがてスクアーロは肩を震わせた
「ヘッドハンター気取りかぁ?」
「失礼しちゃぁう。私は単純に、強ぉい男を探してるだけぇ。研かれた石を探してるっていうのぉ?そんな感じよぉ」
「うぉぉぉい!残念だったなぁ。貴様じゃ俺の上には立てないぜぇ!」
咆哮と同時に駆け出す。右手の剣を煌めかせ、斜めに斬撃を放つ。少女は背中から倒れおちた
「俺にはついていくと決めた奴がいるんでなぁ!」
「………」
「騙せると思ってるのかぁ!?斬った感触はなかったんだぁ!いいかげん起きろぉ」
クスクスと笑いだす彼女に、スクアーロは片眉を上げた。笑いだす理由に、皆目検討がつかなかった
ゆっくりと起き上がる彼女の顔には、愉悦しか浮かんではいない。瞳孔が開き気味で哂い続けている
「忠誠も恩義も無さそうなあらくれ集団かと思っていたわぁ。ますます欲しくなっちゃう」
でもぉ、と言葉を切る。もはや、目には狂気しか映っていなかった
「今回はこれでオシマイね。また逢いたいわぁ。あぁ、再会の約束はしておかないと。ねぇ?」
一瞬で間を詰め、後頭部に手を回す。頭突きの勢いで顔を近付けたあと、ゆっくりと唇を重ねた
「また逢いましょうぅ?今度逢うときは、あなたの首がお土産に欲しいわぁ」
「チッ。うぉぉぉい!ふざけんなぁ!」
「あはははは!」
窓から身を踊らせた少女を追い掛けるが、すでに影さえ見当たらなかった。残されたのは戸惑いと、唇の感触
油断、どころの話ではない。首を落とされていてもおかしくはない失態である
「どうすんだ、これはぁ……」
頭を抱えてしゃがみこむ。すぐさま相手の顔が脳裏に浮かんだ。深く息を吐き出して、自分もアジトへ帰ろうと建物からでる
月は、真上を少しばかり過ぎたころだった
Fin.
09.06.03