書物の欄 参

□朧月
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ヅラが攘夷戦争に参戦して早1月。彼がこの家に戻らなくなって1月半
私とアイツが付き合っていたわけではない。私の家にいつの間にか住み着いただけ。だから、今は1人暮らしをしていた頃に戻ったというだけの話

そして私は今日も月を見上げる――


「今日の月は霞んでるな。朧月、か」


昨日はあんなに晴れていたのに、と思ってしまう。昔の人は月を鏡に重ねていたらしい。なら私の想いをアイツの所まで届けてくれないだろうか
そう思いながら寝室に足を向ける

2人(+@)では狭く感じたこの家も、今ではひどく広く感じる。その中で眠るとなると尚更孤独を感じるてしまう


「もう寝よう」


そう呟いたとき、家の戸を叩く音が聞こえた


「誰だろう、こんな時間に」


月は真上にいるこの時間帯だというのに、誰が訪ねてくるのだろうか
仕方なく玄関ヘ向かい、戸を開けた。するとそこには月光によって美しく黒光りする長髪があった


「俺よりも髪のほうが上か?」

「『ただいま』より先に言う言葉がそれ?」

「お前がそれを言える立場か」


またくだらない会話。しかしどこか心地よく感じるのは気のせいだろうか
とりあえず入りなよ、と中に促す。玄関先ではわからなかったが、ヅラの服は所々黒ずんだ汚れがあった。居間へ行き、ポットから冷めた白湯を注ぎヅラの前に出す


「どうしたの、こんな時間に」

「いや、戦争が終わったから帰ってきた。それだけだ」

「ふーん。負けた?」

「この戦争の何をもって『勝利』とするんだ」


その問いに私は答えられなかった。ヅラも特に答えを望んだわけではないらしく、催促する様子もない


「淋しがってるかと思えば、存外元気そうだな」

「お陰様で。1人になった分気苦労が減ったわ」


ほら、また憎まれ口。可愛くない


「それにしてはこんな遅くまで起きていたようだな」

「疲れすぎて眠れなかっただけよ」


ああ、気付いて。私の本心に
なんて都合がいいんだろうと思う。言わなきゃ伝わらないことぐらい十分承知しているはずなのに


「さあ、もう寝るぞ」

「その前に湯浴みしてきてよ。ただでさえ小汚い格好で家の中うろつかれるの嫌なんだから」

「朝風呂がいい」

「どこの餓鬼ですか」


それでも確かな約束
『少なくとも朝まではいてくれる』
ただそれだけが大きく大切なことのように思えた

ああ、朧月よ。今日あなたが霞んでいたのはもう私の想いを写す必要がなくなったからだと思い込んでもいいのかしら?



Fin.
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