真選組

□嵐 再来 7
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芹沢がどす黒いオーラを撒き散らして廊下を歩くのを、他の隊士たちは悲鳴を飲み込んで戦々恐々と眺めていた。
あんな手負いの獅子の前に、生肉ぶら下げて歩くような真似は誰だってしたくないのだ。
しかし、門兵はそれを黙って見過ごすわけにもいかなかった。
仮にも、真選組局長が誰もつけずに外出など、とんでもない。
いつもなら新見がまるで影のように付き従っているのだが、なぜかその姿は見当たらなかった。
もうまさに、地獄の釜に飛び込むような気分で、そのまま出て行こうとする芹沢に声を掛ける。

「きょ、局長!どちらにお出掛けですか?!ご、護衛の者を・・・!!」

涙目で恐怖の余り声の引っ繰り返っている門兵を、芹沢は一瞥くれる。
それに門兵は、ヒッと言って首を竦めた。

「護衛などいらぬ!誰もついて来るな!!」

鶴の一声、ならぬ、鬼の、しかも鬼の親玉の一声だ。
門兵はただ、それに頷く。
芹沢は誰に行き先を告げる事もなく、屯所を後にした。





江戸でも外れの方に、その寺はあった。
ここらへんまで来ると、流石に天人から持ち込まれた文明の利器もまだ少ない。
自然を色濃く残すその寺の、裏にある墓地に芹沢はいた。
一つの墓の前に立ち尽くす。そこには、土方家先祖代々の墓、と書かれた墓石があった。
側面に彫ってある名前を、愛しそうに芹沢は触れる。
そのまま、その場に蹲った。

「すまぬ・・・、周・・・」

嗚咽交じりの声が、静寂のその場に漏れ広がる。
一体自分は先程、何をしてしまったのだろうか?

『あなたは十四郎さんのことを義弟としてみているわけではありません。いい加減に自覚なさい。貴方は一人の人間として、そう周さんを愛したように、十四郎さんのことを愛してるんです』
『あなたはどのような目で、十四郎さんのことを見ているのか。ご自分でお気付きになっておられないのですか?』

先程、土方が芹沢の部屋に来る前に言われた、新見の台詞が耳に残っている。
そうではない、とすぐさま否定をしなければならないそれに、何故反論ができなかったのだろうか?
土方が、あの男に寄せる想いを見て、芹沢は、大層理不尽だと思ったのだ。
そしてその瞬間、蘇ってきた否定できなかった新見の台詞。それで気が付いてしまったのだ。自分の想いに・・・。
今まで彼を見守ってきたのは、自分なのに・・・。
誰よりも慈しみ、愛してきた、可愛い義弟・・・。
その大切な彼を、突然現れた男に、しかも元攘夷志士だという、得体の知れない男に奪われるなんて、許せるはずがなかった。
だが、あの男は、周の敵と取ってくれた土方の命の恩人であり、彼の土方への思いの深さも知ったから、一旦は納得したのだ。いや、しようとした。
しかしやはり、土方は自分にとっては大切な大切な、たった一つの宝珠だ。
もう自分には、彼にしか残されていないのに・・・。
誰にもやらない。彼は己の手で幸せにする。そう決心していた。
だが、すぐさま後悔したのだ。あの土方の恐怖に怯えた顔。目じりに溜まった涙・・・。

 十四郎を泣かす奴は殺すと言っておいて、自分が泣かせて、どうするんだ・・・!

きっと土方は、突然芹沢の想いをぶつけられて、困惑しているはずだ。
あんな顔をさせたかったわけでは、決してない。
思わず墓石に拳を叩きつけた。
その時だ。ざっざっと砂利の上を歩く音に気が付いたのは・・・。
顔を上げ音の主を睨みつけると、そこには飄々と手を上げ破願している人物がいる。

「やぁ、朱鷺」

そこには榎本武陽蝦夷地開発省大臣が、無駄なほどにこやかに立っていた。



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