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限定相愛
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波児は呼んでいた新聞を折りたたむ。
それをカウンターの隅に置き、時計を見た。


「……そろそろ起こすか」


時計の針は昼の1時を示していた。
店が(常時より)込む頃だ。ツケばかり貯める者には、席を譲っていただけねばならない。


「おーい、銀次。起きろー」

「うにゃあ?」

「うにゃあってなんだよ」


変な奴だなと波児は苦笑しながら、銀次の頭を撫でてやる。


「もう昼だ。そろそろ公園にでもいって、ぶらぶらしてるんだな」

「えー。ここは俺の定位置ですよ?」

「そういうのは、オーダーをする奴の言葉」

「うっ………」


銀次は言葉に詰まる。
なにせ、波児の言うことは正しい。渋々カウンター席から立ち上がり、恨めしそうに波児を見つめる。

が、あまり効果はない。
ははっと余裕綽々で笑われる始末だ。


「俺だって波児さんの美味しいご飯が欲しい。でも………」


年中金欠といっても過言でない奪還屋にとって、三食どころか、一食えることさえ難しい。


「お金があればなぁ」

「金運でも上げれば、多少の収入はでるんだろうけどな」

「他人事みたいに………」

「いやいや。ツケばかり堪るこちら側としては、何としてでも金運を高めて頂きたいもんだ」


けっして他人事ではすまされないのだ、マスターとして。
もちろん、波児個人としては銀次(だけ)に料理を奢ってやりたい。


「ま、俺も経営者なんでな。甘い顔ばかりできんのよ」

「うっ………すみません………」

「そう落ち込むなって」


波児は頬杖をつき、あいた方の手で銀次の柔らかい髪を撫でた。
午後の喧騒を遠くで感じながら、穏やかな空間に酔いしれる。

もう少し、こうしていたい。
言葉にはしないが、二人の気持ちは同じであった。

しかし。
カランと店の扉が開く。


「っ、いらっしゃい」

「マスター、いつもの頼むよ」


波児はぱっと銀次から手をはなし、注文されたコーヒーを用意する。
その最中で銀次を見やれば、じっと己を見つめる琥珀色の瞳に気付いた。


「―――銀次」

「は、はい」

「また、後でな」


えっ、と銀次から驚きの声が漏れる。


「なんだ、違うのか?」


物足りなさそうな視線に見えたんだが。
そう波児が言えば、銀次は頬を朱色に染める。図星らしい。

琥珀色の瞳は恥ずかしそうに視線をさまよわせ、観念したように波児を映す。


「……ゆ…夕方頃に戻ってきます」

「あぁ。待っててやる」


にっと波児は口角を上げた。その笑顔に銀次は頬を緩ませる。


「波児さん!」

「なんだぁ?」

「大好きっ!!」


ガシャンッ。
波児は手にしていた白いカップを床に落としてしまった。
しかし、今はそんなことを気にしている余裕はない。ぎ、銀次?とぎこちなく彼を見れば、にこっと可愛らしく微笑まれる。


「いってきますっ!」

「お、おいっ!?」


こんな置き土産があっていいのだろうか。
波児は客が居るのを忘れて、盛大なため息をついた。


「ははっ、マスターも人の子だったんだなぁ」


珍しく動揺している波児に、先程入ってきた中年の男性が感心したように言う。
それに適当な相槌を打ちながら、波児は思った。


覚悟してろよ、銀次。



「たくさん、甘えさせてやるからな?」


今は居ない愛しい青年に、波児は構い倒すことを宣言した。




END


(俺の愛情はタダだからな)


(もちろん、お前限定で)






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