その他諸々
□帰り道の道草
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夜の闇でもわかる暗く重たい空の雲から、冷たく降りしきる雨は少年の体温を奪っていく。誰の目につかないような暗い路地裏に、その少年はうつ伏せに倒れていた。少年は所々に傷を負っていて、極めて深い傷が腹部にあった。
雨の日の巡回など、さっさと切り上げてしまいたいと思いながら、きちんと路地裏まで見回っていた一人の青年が、それを見つけた。
「……!!おいっ!あんた大丈夫かぃ!?おい!!……傷だらけでぃ……。息は……してますねぃ」
少年を楽な姿勢(仰向け)にし自分の上着をかけてやり、青年は携帯を取り出した。
「……おぅ。こちら沖田。南公園付近の路地裏で負傷者発見。全身傷だらけで、特にひどいものが腹部の刺し傷。雨により体温の低下が心配される。十代の少年で、特徴は……」
特徴を報告しようと少年を見て、ハタと固まる。まばたき。間の空いた青年を不審に思い、電話の向こうから呼びかけられる。
『……沖田隊長?どうかしましたか?沖田隊長』
「………… し っ ぽ ……?」
『……はい?』
生暖かい風が白いカーテンをはためかせる。
暑い空気が揺れるのを感じて、少年はうっすらと目を開いた。
「…………?」
まだ重そうな瞼を薄く開き、ゆっくりと首を動かし広い室内を見回した。どこもかしこも真っ白な部屋から、一瞬天国かとも思ったが、鼻につく薬品の匂いで病院であることが伺えた。しかし、この世界がどういう場所なのか、わからないことには変わらなかった。
蝉の鳴き声と吹く風にしばらくボーっとしていると、ノックの音が聞こえた。寝起きで上手く声を出せないでいると、扉を開けて向こうから入ってきた。
「……お。起きたのかぃ。どうでぃ、調子は」
茶髪の黒い服を着た青年が果物のバケットを持って入ってきた。意識のハッキリしない状態でボーっと見つめた。
「声、出せねぃかぃ」
「……あんたは……?」
首をゆるく横に振り、かすれた声で訪ねた。
「俺は沖田総悟。真選組一番隊隊長でさぁ。おめぇさんは?」
「……ジタン、トライバル……真選組、って……?」
まだ回復していない弱々しい質問に、沖田は目をみはる。
「真選組を知らねんですかぃ?」
ジタンはコクっと頷いた。
「真選組は江戸の武装警察でさぁ。江戸はこの街のことでぃ」
『わかった』と、また頷いた。
沖田はフッと微笑んでジタンの頭を撫でた。それを不思議そうに見る。
「今日はこれで失礼するぜぃ。さっさと怪我治してくだせぇ。事情聴取しなきゃなんねんで」
「……来んの、また……事情……ぅ取、て……?」
沖田の言葉に少し訝しげな顔をした。
「あんな所で傷だらけで倒れてたんだから、ただ事じゃねぃだろぃ。ま、一応仕事なんでねぃ。じゃあな、ジタン」
「……また……」
ジタンは沖田が部屋から出て行くまで見送り、背が見えなくなると少し安心したようにフゥッと息を吐いて窓の外を見た。
病院の駐車場に停めてあるパトカーの助手席に乗り込む沖田。運転席には副長である土方が煙草を吹かして座っていた。
「どうだった」
「目を覚ましましたぜぃ。小さい声だけど、少し話せる程度には回復してやした」
「そうか。明後日あたり、また来るか。総悟、頼まれてくれるか」
一応、質問という形で投げかけられているが、これは『行け』という命令なのだ。
「へいへいわぁりましたよ。ったく仕方ねぃなぁ。めんどくさがりな土方バカヤローの代わりに行ってやりやすよ」
「うるっせーな!誰がめんどくさがりな土方バカヤローだ!巡回の度に昼寝して時間潰してサボってる奴に言われたかねんだよ!」
ツッコミながら煙草の火を消し、車を発進させた。