銀魂小説
□幼鬼の話と松陽先生
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低い雲が浮かぶ青空いっぱいに響く、鳴くのはほぼ油蝉の声。風が吹き抜ける剣道場全体に響く、鳴るのはしなりぶつかり合う竹刀の音と、威勢のいい子供の声。
松下村塾の今年の剣術合宿も、毎年お馴染みの隣村の道場を借りて行われていた。毎年恒例の合宿は、各地剣術道場で強化練習2日間、そして、2日間の強化練習の成果を発揮するために、地方各地で一カ所の剣道場に集まり練習試合が行われるのに2日間、計4日間の強化合宿である。
銀時は合宿の参加は今年で2回目だが、初参加だった去年の合宿で、毎年成果を上げていた強豪チームを相手に先鋒から大将までを1人で勝手に通した挙げ句、強豪チームの選抜5人全員を伸してしまうという暴挙に出て名をあげてしまったものだから、今回の合宿の中での知名度は去年の出来事のせいで瞬く間に右肩上がりというかもう逆立ち状態である。
ライバル視されていたり、また、期待の眼差しを浴びたりしながらも、銀時は我流を崩す事は決してなかった。つまり、松下村塾のみんなが激しい切り返しの練習をしていようと、面・小手・胴の練習をしていようとも、明日の練習試合で自分の出番が来るまでは、縁側に肘をついて寝そべって過ごす事を崩す事は、決して、なかったのである。
「おい銀時。」
銀時が夏の蒸し暑い陽気に大あくびをしていると、子供らしくも凛とした声が頭上から降ってきた。
「んぁ?…なんだヅラか」
「ヅラじゃない桂だ。お前もいい加減練習して体を馴らしておくべきじゃないのか?」
汗を拭いながら胡座をかいて座って見れば、練習による汗を拭いもせず、面を取っただけの、ヅラこと桂小太郎と、その幼なじみの高杉晋助が立っていた。
「あれ、何?晋ちゃんまで来てくれたの?」
「晋ちゃんゆうな!いい加減テメーも練習しろよな」
銀時はめんどくさそうに後頭部を掻きながら言った。
「練習しろ、って…誰が俺の相手出来んの?松陽先生は他のヤツらの指導して回ってんだろ?…居ないじゃん」
ダンッ!と小太郎が仁王立ちし始める。後ろの晋助も自信あり気に笑っている。
「…なめるなよ銀時」
「俺達だって、松陽先生からご指導を受けてんだ」
「「それに、」」
小太郎と晋助は銀時の二の腕を掴んでグイと引っ張り上げた。
「「お前からの助言も受けているからな」」
「じゃあ、最低でも切り返しはやっておかなくてはな」
「何、ヅラが相手?」
小太郎は一礼して、竹刀を構えた。銀時も一礼したが、右手に竹刀を持ってはいるが、先を下に下ろしたまま構えようとはしなかった。
「…俺では不服か?」
「べっつに?」
銀時がようやく構えたかと思うと、一呼吸おいたのみの間隔を開けた後に、一瞬の跳躍で切りかかってきた。
「(…!!)」
なんとか反応し切り返してはいるものの、そこはやはり“なんとか”でしかなく、銀時の攻めが終わるまで持つか怪しかった。
何とか持つことができたが、のしかかるような重みが高速で繰り出される銀時の攻撃を100本も切り返し、手が痺れ感覚も暫くはなく、ぷるぷると小刻みに震えていた。
「…っ」
「だいじょぶかヅラ」
竹刀を手放し震える手を押さえながら床にしゃがみこんだ小太郎に声をかけた銀時は、汗はかいているがまるで何事もなかったかの様に、竹刀を担いでいる。
「…フンッ、どうだ、…お前と初めて…手合わせした時よりは、お前の相手を、務められるようには、なっただろ?」
膝をついたままで息も切れ切れだったが、銀時を見上げた。
「うん〜……まあまあ?」
「…!…そうか」
銀時は素直ではないので、少しねじ曲げて相手に伝えるので誤解が絶えない。だが、小太郎も晋助も、松陽と同じくその事を知っているので、今の銀時の言葉は、少なからずとも今の自分たちにとっては称賛に値する言葉だった。
「…しかし銀時、力をつけてきたのは、俺達だけではないぞ」
休憩時、濡れ手拭いで汗を拭いて涼んでいると、小太郎が話しかけてきた。銀時の両隣に小太郎と晋助が座る。
「ぁ?」
「オメー去年の強化合宿の練習試合の時、2日目に勝手やって歴代の最強チーム伸しただろ?」
「……あぁ、あれか。楽勝」
「いや楽勝とかそゆんじゃなくて」
ボケなんだか何だかよくわからないが、とりあえずツッコンどく晋助。続きを小太郎が拾って言う。
「それで、初参加で最終日のみ先鋒として試合参加を許された者が、いきなり強豪チームの先鋒に勝ったかと思えば、大将戦までぶっ通しの連戦連勝という成績を残したから、世間はいい顔をしないんだ」
「ま、つまりは名門中の名門が名無しの権兵衛にやられちまうっつう泥を塗られる面目丸潰れの事態が起きて、その名無しの権兵衛を潰しにかかろうと、みんな躍起になってんだよ」
「…へー。つまりそれはなんだあれか。あれーほら、名も知れない俺を潰せば、汚名返上だけじゃなく、名誉も貰える一石二鳥と。そいでこぞって名門共がエイヤエイヤと。」
つまりはそういう事なのは確かだが、何だか銀時の説明は可愛らしい。
「では、松下村塾の方も、対策を考えなければいけませね」
「…先生」
銀時達のいる縁側へ、握り飯の盛ってある皿を持って来た松陽はニコッと微笑んだ。
「お昼にしましょう。他のみんなは、もう食べてますよ」
「…うん」
「「はい」」
松陽も縁側に腰掛けた事により、誰が先生の隣に座るかで少々小競り合いが起こったが、結果小太郎と晋助が先生の隣、銀時が松陽の膝の上に座る事に。もっとも、小太郎と晋助は不服そうだったが。
午後は、一人一人苦手な部分やまだできていない部分の調整をして、最後によくストレッチをして終えた。ようやく合宿舎に戻る頃には、昼間鳴いていた油蝉に代わって、蜩の声が、一番星の浮かぶ茜色の空いっぱいに響いていた。