三つ子の魂百まで
□09.初めての柳生家
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暫く歩いて台所に寄り、次いで東城さんの部屋へと招かれた
なんでも今の時間帯は、九ちゃんは稽古中で会いに行っても話すことは不可能に近い、と東城さんが教えてくれた
それほど稽古は厳しいらしい…
道場に行って九ちゃんの気を散らすわけにはいかないし、稽古が終わる迄の間、東城さんの部屋にお邪魔することになった
お茶とお菓子まで御馳走になってしまっている
「ところで、名前さんは、このような服にご興味はございませんか?」
そう言いながら東城さんが箪笥の奥から出してきたのはヒラヒラとレースの付いた所謂ゴスロリ服
「 ! 可愛いっ!」
本なんかで何回か見たことはあったけれど、実際に目にしたのは初めてで、思わず声を上げてしまった
「(あぁ、あなたの笑顔の方が可愛いらしい…) 宜しければ、お召しになってみますか?」
「え…? い、いいんですか?」
「ええ、私は構いませんよ。あなたがよろしければ、ですが」
「はいっ!着てみたいです」
「では、私は外で待っておりますので、着替え終わったら御呼び下さい」
そう言って東城さんは襖の外へ
本で見て一度着てみたいと思っていたゴスロリ服
小さい頃はフリフリな服を着せられたりはしたけれど…それとこれでは少し話が違う
でも、こんな服は絶対にトシとギンが反対することが目に見えていて諦めていた
この際、何故東城さんがこんな服を箪笥に入れていたのかは考えないでおこう、すごく気にはなるけれど………
普通の服とは、やっぱり違っていて着にくくて時間がかかってしまった
「あの…着替え終わりました」
襖に向かってそう言えばスゥーと開かれる
「こんな服、着たことがないんでよくわからないんですけど…どうでしょう?」
「(あぁ、やはり予想通り)よくお似合いですよ。……名前さん、相談なのですが…」
「はい…?」
「若は昔から男として教育されてこられたのはご存知ですか?」
「はい、知っています」
「それ故、若はこんな可愛いらしい服を幼い頃でさえお召しになられたことがないんです」
「え……あ、そうかぁ…」
「そこで貴女に頼みがあるんですが…よろしいでしょうか?」
「…私に出来ることなら……」
「出来ないことなど頼みません。此処でそのような服をお召しになって道場で若の身の回りの世話をするアルバイトを休日だけで構いませんので、なさりませんか?」
「…え?」
「ご存知かもしれませんが、若は男に触れられると反射的に投げ飛ばしてしまいます」
確かに、九ちゃんにはそんな反射反応がある
「ですが、此処は剣道場ですので当たり前なのですが男が多いのです。身の回りの世話といっても、練習の合間にタオルを渡して頂いたり話し相手になって頂く程度で構いません。そうすれば、いつか若にも女の子らしい所が出てきて、この様な服をお召しになられると思うのです。折角、女の子として生まれてこられたのに、こんな服を一度もお召しにならないなんて勿体ないですし……如何でしょう?」
「…私なんかで良いんですか?」
「あなた様だから良いのです。あ、勿論、服は毎日こちらでご用意させていただきますし、洗濯等は雇っている女中がしますので安心して下さいね」
「わかりました」
「引き受けて下さるんですね!ありがとうございます。さて、お給料の話なのですが…時給はこれくらいで如何でしょう?」
「こ、こんなに?!」
目の前に出された紙に記されたのは高校生の時給に相応しくない程に高い数字だった
「こんなに頂けませんっ!それに、友達の家からお給料を頂くなんて………」
「あぁ、ご安心下さい。お給料は私が払いますから」
「無理ですっ!仕事と呼べる程のことをさせて頂く訳ではないんですし…」
「それでしたら、此処に来られる際に新鮮な卵を買って来て頂けますか?」
「…卵、ですか?」
「えぇ新鮮な卵をお願いします」
「わ、わかりました」
「了承された、ととって宜しいのでしょうか?」
「あ、はい!」
「ありがとうございます。…さて、そろそろ若の稽古も終わる頃でしょう。道場に案内しましょう。名前さん、お手をどうぞ」
すっと差し出された手
戸惑いがちに手を重ねると東城さんは優しく微笑んだ
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