Seil

□過去編 旅立ち
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1旅立ち

 時刻は午後五時前。オレは師匠の言いつけどおりに大人しくプラットホームにあるベンチにひとりで鎮座している。列車の発車時刻が刻々と迫ることを知らせる針が駅のセンターホームに掛かった巨大なからくり時計が知らせてくれる。
 
 夕方、人がそれなりに行きかう中でオレはじっと時計を睨みつけるか、このデッカイ長方形の箱、スーツケースを見張るかをしている。高いアーチ状のガラス張りでできた駅の天井は、半分が青に覆われ、半分が紅色に色づけられている。この駅からB地区に向かう。今まで長い間お世話になったC地区とは今日でお別れだ。

 師匠がどこかに行ってしまって一時間以上経つ。暇すぎる。それに腹減った。駅の売店から風にのってやってくる焼き立てのパンや、ソーセージの香ばしい匂いがオレの腹の虫を鳴かせる。師匠が消えて、オレが待つ。こんなことしょっちゅうなだから、心配はしてない。我ながらオレも従順だなと思う。二日も放置されたことがある身としてはなんの造作もないことだ。たまに、師匠が意図的にやってるんじゃないかって勘ぐるときもある。オレのこと寂しくさせて面白がってるんじゃないかって。師匠はオレの出迎えにまんざらでもない顔をするし。こんなの卑怯だ、って呟けば、まあ、な。っと苦笑する師匠。本当にズルイ。オレには師匠しかいないのに、師匠はオレを置いて行ける場所がある。馬鹿なオレはチビのときにそうやって泣いたことがあった。今はンなことしねえからな?だいたいは仕事で行きずり回ってるってわかってる。オレがデカくなってそれなりに見込まれるようになって、連れまわされたときに悟ったわ。仕事ばっか、しやがって。

 こうやって待ちながら、師匠が戻ってきたらなんて言おうと考えるのが常で、それが結構楽しい。師匠だって鬼じゃない。オレが不満をたらせば真剣に聞いてくれるし、嫌だと言えばもうしないって言ってくれる。まあ、そんなこと殆ど言ったことはないが。オレが言葉にしなくても、謝ってくるときがある。オレは本当は師匠に言いたいことや問いたいこともあるんだけど、それをグッと堪えて、別にとか、いいですよ、とか天邪鬼なこと言う。そしたら、本当にすまなさそうに、ごめんって言葉をくれる。ときどき抱きしめてもくれる。でも、そのときの師匠って決まって悲しそうな顔するから胸がぎゅっと痛む。オレがこんな顔させてんのかって思うと、申し訳なくて。師匠はもっと自信満々で悪戯ぽい微笑みが似合うしな。

 あー、こんなこと考えてるとかオレ、認めたくないけど、心細くなってるわ。あーあ。師匠まだかな。列車、あと十分で発車しちまうぞ?






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