Seil

□プロローグ 下
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「ハヤテくん」
「ッ、カナエ?」

 背後からいきなりのしかかられ、首に両腕を絡められる。突然の衝撃に、身体がビクリと揺れた。それがおかしかったのかカナエは耳元でクスクスと笑う。くすぐったい。

 「ビックリした?ハヤテくんの部屋、ノックしたんだけど返事なくて。まさかと思ってここに来てみたんだけど…ねえ、ハヤテくん。まだ赦せないの?」
 
 ぐっと圧迫するようにカナエの体重がのしかかる。

 「カナエ…、重い。」
 「……。僕にも気づかずに、考え込んじゃってどうしたの?それに、誰。コイツ。」

 耳元でゆっくりと話すときにかかるカナエの吐息が思考を鈍らせる。やさしく、やさしく、囁くカナエ。だけどそれと反比例するように抱きつく力がキリキリと痛い。その唇がだんだん降下して首もとのシャツに埋もれるようにして顔を伏せる。またか。

 「カナエ」
 「んっ…」
 「ッ、やめろ」

 チクリ、と小さな痛みを感じたときにはもう手遅れだった。モロに顔面に直撃するように狙ったナイフはたやすくいなされ、「危ないなぁ。」とナイフを取り上げられる。オレは拘束から逃れて吸い付かれた所を撫でながら「ナイフ返せ。」とカナエに申し出た。ほんと、怒鳴らなくなっただけでも大きな進歩だと思う。カナエは嬉しそうにニコリと笑うと怖いくらいの無表情になった。

 「返すけど僕の質問に答えて。」

 こうなったらカナエは頑として動かない。オレはカナエに捕らえられたナイフさえも歯向かわれているようでぞっとした。

 「コイツはタシロ。昨日雇ったオレの補佐だ。文句はタカミネに言えよ。オレも突然の訪問者に戸惑ってる。」

 カナエはじっと寝ているシロを睨んでいた。決して近くからではないが、状況がマズイことはわかる。オレは新たな爆弾を抱えることになることをすっかり忘れていた。そうだよ、カナエが一番厄介じゃん。

 「僕、確かめてくるよ。タカミネさんに。」
 「ああ。」
 「僕は、カナエ。よろしく、タシロくん。」

 カナエは、寝ているタシロに人の良さそうなやわらかな声色を投げかけて去っていった。私は確実にカナエが去るのを待ち、タシロの部屋に詰まっていた息を吐いた。

 「シロ。」
 「……」
 「起きてるだろ。」

 オレはこの張り詰めた空気を逃がすべくブラインドのかかった窓を放った。朝焼けの冷たい空気がおいしい。薄明るい青の空をしばらく見上げてから、思い出して後ろに振り返る。ベッドには上半身を起こしてシーツを握りしめる指先に目を落とすシロがいた。







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