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□家
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ガチャン、と
ぼろっちい傷だらけの
鉄扉の鍵をおろす
ささいな抵抗
こんなことしてもいつかは
突破されてこの部屋にある
現金や薬、食料を
片っ端から盗まれてしまう
それほどこの地区は
治安がよくない
それでもなんでも
二人でかき集めて買った
精いっぱいのホーム
かけがえのないものだ
たとえ日中薄暗くても
腐乱臭でいっぱいな道も
スモッグのおかげで
空の星が見えなくても





ここからずっと離れた
質素で整頓された住宅街
車が通れるために道幅は広く
子どもが駆けまわれるように芝生の庭がある
ある日その道筋を
二人で歩んだとき
アイツは言った
見ろよ
芝生が家みたいだ
晴れ渡った空の下
ダイニングテーブルやソファ
テレビ、電気スタンド
天蓋つきベッドにハンガーにかかった服
台所用品、いろんな本やレコードがつまった箱
靴や冷蔵庫までもが
緑の芝生の上に
じっと横たわっている





すごく気持ちよさそうだ
日光浴してるみたい
アイツはときどき夢見るみたいに
甘い声で話す
それがくすぐったくて
私もうなずく
本当は生易しいくない
危機せまっているひとりの
女と男が庭で
あらいざらい売り払おうと
しているのだ、と伝えたかった
この大きく庭つきの家を
売ろうとしている
大空の下
すべてを晒されて
私はどういうわけか
ポケットをまさぐり
指先に当たるコインの感触に
なきそうになる





アイツは私の手を握って
この先にある海を一望できる
秘密の場所へ
導いてくれる
チャリン、とコインがこすれる
私は鍵を掛けたかどうか
思い浮かべる
大丈夫
このままアイツについて行こう

















20100617


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