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□ 日向と日陰
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「おい、名無しさん。おまえはどうなんだ。引き受けるのか?」





ガン、と私を鎮めるソファを蹴る。
呼び出されたと思えばこれだ。
依頼は罠。
銀色の長髪が目に映る。
彼は私に睨みを利かせる
イエスと脅すように。
ねじ伏せるように。
私は背を起こし
靴紐を結び直し
名無しさんと小さく唱える。
彼はなんだって、と聞き返すが無視した。
ただ自分は名無しさんだと確認しただけだ。



顔を上げると彼は眉間にしわを寄せ
義手を弄っていた。
いつもこうだ。
おまえが欲しい、欲しいと騒ぐわりには
驚くほど投げやりになることがある。
私は今日も人殺し。



開けた窓からは
昼の心地よい木漏れ日が控えめに部屋を照らす。
しばらく窓から見える青空を眺めていると
ドン、とテーブルを乱暴に蹴る鈍い音が部屋に響いた。
それすら気づかない。いや、
私はあることに気づかされた。
感動していた。
この取引現場のロケーションに。



なんとすばらしいこの景色!
風、潮風!
イタリアの轟々とした日光!
澄み切った青空に
雲の流れ!
たっぷりと太陽の光を吸い込んだ木々は
隣人と談笑するように穏やかに左右する。
飲み水に反射するほのかな光
彼も気持ちいいのか
指先でグラスを弾けば
チリンと鳴き揺らぐ。
呼応する。




「おまえが欲しい」




浮き立った心は
突然にしてそっぽをむいた。


もうやめないか、こんなこと








日向と日陰
20100610


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