―風の想い―
□星桜〈前編〉
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月の明るい夜だった。その狭い路地には、二人の男が互いに対峙していた。一人はとても驚いた様子で、もう一人は戸惑いながら…しかし目にはしっかりと強い意志を宿しながら…。
一人の男がもっていた銃の銃口がもう一人に向けられる。緊張のせいかそれ以外か……かたかた、と小刻みに震え照準が定まらない。それでも…やはりその目は強さを持っていた。
「…俺を……殺したいのか?」
「…………。」
「殺してしまいたいくらい……憎いのか?」
「…………。」
「…なら……お前の好きに……すればいい。」
「…………。」
「お前になら……殺されてもいい…から。」
そう言った男の顔はもう驚いた顔ではなかった。むしろ、優しく、穏やかな顔でもう一人の男を愛しむように見つめていた。
「………っ。」
それを見ていた男の顔が歪む。意志があった強い目は狼狽え、体の震えは大きくなっていく。辛そうに眉を寄せ、目を細める。まるで…今にも泣きだしてしまいそうな子供が必死に泣くのを我慢している様な顔。
「……殺さないのか?」
ふわり、と少し困ったように微笑んだ男に…気持ちが揺らぐ。このままではいけない……わかっているのに…。
「お前が俺を殺せないなら……俺が…自分で死ぬよ。」
「……!!!!」
ゆっくりと自分との距離を縮めて近づいてくる男に……もう一人は動けなかった。ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。
程なくして二人は手を伸ばせば互いが届く位置になった。男はもう一人の男持っていた銃をゆっくりと手から引き抜くと自分のこめかみに銃口を向けた。
「!!!!!!」
「お前が…人を……殺すなんて……やっちゃいけねぇ…。罪を被るのは…俺だけでいい。」
男はそう言うと、引き金に力を込めた。
そして……乾いた音が静寂の中に響き渡った。
俺は今、サンジに横向きに抱き抱えられた状態で周りを眺めていた。相変わらず、手には手枷が付いており歩く度にかちゃかちゃ、と嫌な音を立てている。
どういう因果か、世界的な大怪盗として有名な“金色夜叉”であるサンジとこれまたどういう因果か、体を繋げてしまい勝手に恋人とされ警察署の牢から出してもらった後のこと。ホテルに行こうと言いだしたサンジに「手枷のままじゃ入れないだろっ//!!」と必死に抵抗し、「じゃ、手枷を先に何とかしよう」と笑顔で言われ、こうしている。
「なぁ、何処に行くんだ?」
「んん?行きゃわかるよ。」
サンジが歩いているのは昼間、大勢の人が大勢行き交う華やかな繁華街。何時もならわいわいと声が聞こえてくるのだが、今は夜中の二時過ぎ。しん、と静まりかえり人影一つ見えはしない。
そこから狭い路地に入ると裏通りに出る。一見すると何もないような路地に……その店は在った。外見は薄汚れた只の廃屋。たが、一歩中に入るとそんなものを一切感じさせなかった。あえて言うなら、何処か骨董品を扱う老舗の店のような…だが、そんなに固い雰囲気でもなく、とてもゆったりとした時間が流れている。
「あら、サンジ君お帰り。どうだった?」
「バッチリですよ、ナミさん。俺は失敗なんてしませんよ。」
すとん、と俺を下ろしながらサンジは軽く笑う。オレンジ色の髪に大きな栗色の瞳。決して顔が悪いとは言えない…むしろ、歩いていると声を掛けられそうなくらいの美女だ。
「そっ。それで……そっちの人は?お客?」
ちらり、とゾロを見、手枷に視線を寄越しそのナミ、と呼ばれた女性は言う。
「違いますよ、この人は……。」
サンジが何かを言おうとした時、奥にある階段からどたばた、とひどい足音が聞こえてきた。