―幻惑の風―
□サングラス越しの世界
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「…黒、床に入るときくらいは取ったらどうだ?」
「…あ?」
そう言いながら、刹那が触ってきたのは目元にかけていたサングラスだった。
「あ〜、コレな。」
「風呂にも取らずに入ってしまうし…せめて寝るときくらい…」 「……取りたくねぇんだよ」
サングラスを取れば、人間の汚い部分がダイレクトに見えてくる。目を合わせただけで流れ込む相手の感情、どす黒い欲望。それを一日何百、何千と見てしまう。意識してやっている訳ではなくて、無意識だからタチが悪い。
嫌悪感で無意識に眉を寄せた俺に、何を思ったのか刹那が手を伸ばしてくる。頬に手が添えられたと思ったらコツン、と額を俺のにぶつけてきた。
「…!?おい、刹那!!」
「勿体無いな。」
「は?」
「黒は、本当に綺麗な目をしているのに…。」
「…っ!!」
額を合わせているから、あり得ない近さで刹那と目が合う。しかも、刹那は膝を立てている体制だから必然的に、刹那が俺の瞳を除き込む形になる。
(しまっ…!!)
刹那と、視線が合う。サングラスを介さずに、直接刹那の透き通るような金色の瞳を見てしまった。
(まずいっ…心を……!!)
そう思ったときには既に遅く。俺は刹那の心を覗いてしまっていた後だった。だが、俺は刹那の瞳を見つめたまま動けなかった。
(刹、那…お前……)
刹那の心の中。覗き見てしまった相手の心は、俺を愛しいと想う気持ちで溢れていた。まるでその感情しか知らないと言わんばかりに…。
「?どうしたんだ?黒。」
「…っっ!!」
ふわり、と優しい色を瞳に浮かべて微笑む刹那に、柄にもなく顔が火照る。と、同時に意識してなかったとは言え、勝手に刹那の心を読んでしまった罪悪感から目を会わせられなくて顔を背ける。そんな俺の態度に、不安になったのか、少し沈んだような刹那の声が聞こえる。
「…黒」
「…ダメなんだよ」
「ダメ…?」
「コレがなきゃ…勝手に人の心を読んじまう…刹那、テメェの心も…勝手に…」
「心を…」
「あぁ…だから、っておい!!」
背けたままの顔から、サングラスがひっ取られる。ここには俺と刹那しか居ないから取ったのは必然的に刹那だけれど…!!
こいつ今の俺の話し聞いてたのか!?
「おい!!刹那!!テメェ俺の話し」
「黒、怖がらないでくれ。俺は…お前になら心を読まれたって構わないんだ。」
「!?」
「だから…俺を、見て欲しい。」
顔を背けたまま視線を会わせないままの俺に、刹那が悲しげな声で言う。刹那にそんな声色を出させるのは本意じゃない。ましてや俺のせいで、なんて。
「……ちっ!!俺は言ったからな!!」
意を決して顔を上げる。久々にサングラス無しで見た視界の先。座っている、刹那の姿。金色の瞳と目が合うと、目を細めて微笑んだ。
「サングラスをしていない黒を見るのは初めてだが…やはり…綺麗な瞳だな。」
(…テメェの方がよっぽどだろ…)
微笑む刹那に、そう思う。邪心も欲望も何も無くて、ただ『愛しい』という感情だけが感じ取れる刹那の心の中。何の汚れもない、金の瞳。今まで見てきた奴等とは全然違う。
(しかし…こりゃ…)
刹那がどう思ってるかは知らないが、これは思っていた以上に恥ずかしい。
言葉なんかよりも饒舌に、心は好きだと叫んでくる。
「っもういいだろ!!返せよ!!」
「ぁ、ああ。」
立ち上がって刹那の手からサングラスを奪い取る。さっ、とそれをかければどこか呆然としている刹那が目に入った。上から覗き込むようにして声をかければ、刹那はすごい勢いで俺から目を逸らしやがった。
「刹那…テメェ、いい度胸してんじゃねぇか…」
「ち、違う!!これは…!!」
「何が違うってんだよ。」
顎を掴んで無理矢理視線を合わす。サングラスをかけているから、今の刹那の心は解らない。
「言え、刹那」
「…っ、く、黒が…」
「俺が?」
「黒がサングラスを外した姿を見たのは…その、初めてで…それで…その…」
「……へぇ、成る程な」
にやり、と自然に口角が上がるのが分かる。
「つまりお前はコレ取った俺に見惚れてた、ってワケか」
「…っ!!」
「そういや、テメェは俺の目が好きみたいだし?お望み通り取ってやろうか?」
「い、いや!!取らなくていい!!」
耳元で言う俺に、顔を見られたくないのか焦ったように抱きついてきた刹那に笑みが零れる。最初会ったときからは考えられない。本当に可愛い奴だと思う。
…ま、言わないけど。
腰を降ろして刹那の体に手を回す。風呂上がりでセットされてない銀髪を撫でてやると、ぎゅっ、と抱きついている腕に力を込める刹那。
「……黒」
「あ?」
「…俺の前以外で、サングラス…取らないでくれ。」
「……。」
「只でさえ、黒は……」
「…言われなくとも、お前の前以外なんかで取るかよ」
あんな綺麗なモノ見せられたら…他の奴なんてとてもじゃないが見れたもんじゃない。
「不安に思うな、刹那。お前は俺に、唯一愛されてる人間だ。」
「……黒」
「だからテメェも俺だけ愛してろ。」
お前の心の中に、俺以外の奴を入れたら許さねぇぞ、刹那。
そう思っていた俺に、刹那は抱き締めていた腕を俺の肩に回して、微笑む。
「愚問だ、黒。お前以外の奴など…愛せる訳がない。」
「…それでいい。」
テメェの心ん中、入れるのも見れるのも俺だけだ。
人の心を読む、この目。俺はあんまり好きじゃなかったんだが…刹那がこの目を好きだと言うなら、見せてやってもいい。
もちろん、こいつ限定だがな。
END
おまけ→
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