泡沫の人生
□第三夜
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その仔はないた。
倖せそうに笑う青年を見つめて、偽りの微笑み浮かべながら。
瞳から涙を零さずに、震える指先を堪えながら…。
海の様に大きく清らかで、けれども脆く傷付きやすい“儚い恋”――
それを胸に抱きしめ瞳から涙を溢れさせて…
聲をあげながら、その仔は啼いたのだ……。
「…覚悟は出来たか、海龍…」
辺りに響き渡る麗人の聲。
透き通った綺麗な聲…しかしそれはどこか冷たく、まるで深海の奥深くの様。
湯船に浸かる青年-カノンにむけた黄金の槍。
少し力を加えれば簡単にカノンの喉を貫くだろう。
自分の命が危ういというのに、カノンは逃げようとはしなかった。
嫌…出来なかった、といった方が正しいだろうか。
カノンは呼吸をするのも忘れる程、眼の前の麗人に魅入っていたのだ。
キラキラと輝く金色の美しい髪に、己を真っ直ぐに見つめる白銀色の瞳…。
おとぎ話から出て来た様なその容姿―。
「…声も出せないか…ならば、せめてもの慈悲。ひと思いに殺してやる」
顔に冷笑を浮かべた麗人は槍を掴んだ手に力を込めた…。
その時…――
「シードラゴンンンンン!!貴方何してるのよぉぉおッッ!!」
浴場の入り口付近から聞こえた悲鳴に近い怒声に、カノンと麗人の視線が其方に向かう。
そこにはタオルを手にした少女がわなわなと震えていた。
その少女を見つめ麗人は「テティス…」と、彼女の名を呟く。
すると名を呼ばれた少女-テティスはカノン達に方に走り寄ると、麗人の体に手に持っていたタオルをかけた。
「ティア、何もされていない?ケガは??」
今にも泣き出しそうな顔で心配そうに呟くテティスに麗人-ティアは優しく微笑むと、テティスの頭を撫でた。
『大丈夫だよ、テティス。俺は何もされていないから、安心して?』
その言葉にやっと安心したのか、テティスはほっと胸を撫でおろした。
「じゃぁ、部屋に戻ろうかテティス。
……運が良かったな、海龍」
テティスを見詰めていた優しい瞳はどこへいったのか、固まって動かないカノンを冷たく見下ろすティア。
踵を返し青年に背を向け歩みを進めたティア。
その後を追ってテティスも歩みを進める。
後に残ったのは湯船の中で俯くカノン只一人…。
その頬は赤く染まっていた――…。
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