とある本丸の徒然草子
□映画化
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ーーー2019年、冬。
とある本丸の戦いが映画化されるというので、現世に戻って観てきた。審神者は普段戦場には赴かないため、戦闘を見る機会はそんなにない。スクリーンには他本丸の刀剣男士とはいえ、その様子がばっちり映し出されていた。映画は素晴らしく彼らは相変わらず美しく、私の目は終始スクリーンに釘付けだった。
只やけに、気になったことがある。本丸に帰還したところに、脳裏に過った布が偶々向こうから歩いてきた。
「国広。ただいま」
「帰ってきたのか…ソレはどうした」
隣では、護衛として一緒に映画を観ていた"ソレ"もとい私の初期刀が眉尻を下げ、はらはらと涙を流している。映画本丸の状況に思うところがあったのだろう。上映後からずっとこの調子である。帰りは視線が痛かった。
「…俺の主は…居なくなったりしないよね…?」
道中何度も繰り返した不安をまた溢し出した加州清光を優しく撫でる。そんな表情も、世界一可愛いけれど。
「余程のことでも無い限り、すぐには居なくならないって言ってるでしょう。大丈夫」
この本丸の審神者である私は成人を迎えて数年。寿命には程遠い。まあ寿命を待たずに力を失う可能性も無くはないが、ややこしくなるので今は黙っておくことにする。
「?あんた、死ぬのか…?」
話が見えないらしい山姥切国広が、眉尻を下げる。なんだその顔は、可愛いな。
「だから当分死なないってば」
眉を寄せて国広を一瞥したのち、清光、と呼び掛ける。
「可愛い顔が台無しだよ。心配いらないから、一緒にお茶でもしよう?」
いつまでも廊下で泣かれるわけにもいかない。清光自身もあまり他の男士達に見られたくないだろう。私が審神者になってからまだ日が浅いとは言え、はじめの一振りとして共に皆を率いてくれている。普段ならば意地を張ることはあれど弱みを晒すことなど無い。つまり、誰に見られるかもしれない本丸内で涙するほどの衝撃だったということだ。
審神者の執務室で休んでいると、清光は暫くして落ち着いたようだった。
「ごめん主…もう大丈夫だから」
「うん。ほら、お茶どうぞ」
国広が淹れてきてくれたお茶は少し冷めてしまっていた。国広はというと下がろうとしたところを私が引き留めたため、先程から傍で茶を啜っている。
「一体何だったんだ…」
「うん、まあ…国広も今度一緒に観に行こっか」
ようやく落ち着いた清光の手前、あまり口に出したくない。私にもいつか寿命はやってくる。それでも、折り合いは清光自身で付けなければならない。呆れたように呟く国広を誘ってみると、やはり気になるのかこちらに目を向けた。
「国広、綺麗だったよ」
「綺麗とか…言うな」
映画の山姥切国広に対する率直な感想を伝えると、国広は頬を染めて布を引く。控えめに言って顔が良い。
「…あーあ、俺も出てればなー」
にやけていたのがバレたのか、我々を横目に清光がそう溢す。可愛い嫉妬だこと。ああ、そう言えば。
「映画観てて思ったんだけど、国広のその布…」
「汚れているくらいが、丁度良い」
「いや汚れ具合じゃなくてね…戦闘のとき邪魔じゃないのかな、って」
だいたい予想はついたが、食い気味に返ってきた返答に清光と苦笑する。
「その布、足元まであって結構長いじゃない?うちの国広もあんな感じなの?」
一緒に出陣できない審神者より、清光の方が知っているだろうと思って問い掛ける。
「あー。主は知らないよね。山姥切もいつもあんな感じだよ」
「…別に、邪魔だと思ったことはない」
「そう言えば昔…山姥切が顕現してすぐかな。俺もおんなじこと聞いたけどさ、そんときもそんな感じのこと言ってたよなー」
「え、そうなの?」
知らなかった。とうに特は付いているけれど、強くなっても変わらないのね。
「写しの俺には、汚れた布がお似合いだからな」
そう言ってまた卑屈に笑う国広を見て、私も清光も苦笑するしかなかった。
「ま、山姥切が気にならないならいいんじゃない?」
「そうね、布が翻って格好良かったし」
また"綺麗とか言うな"と言われないよう言い回しを変えてみれば、国広は再び布を引いて俯いた。
ーーー山姥切国広は極めると布が取れるらしいーーー
政府や先輩審神者からの情報は隠しておこう。いつか、修行から帰った綺麗な顔を拝むのが楽しみだ。
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