薄桜鬼×華鬼
□祝言
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神無と華鬼の祝言
「お待たせいたしました。式を始めましょうか」
神無は室内を見て、言葉を失った。
着付けに使われた部屋もかなり広かったのに、ここはそれ以上だ。いくつかの和室の襖を取り外しているようだが、それにしてもこの広さは異常だろう。左右に鎮座ちんざしている和装の男たちは、最後には黒い線のように区切りもなく連つらなっていた。
「おい、鬼頭はどうした?」
男の一人が大声を張り上げる。
「いえ、それが――」
渡瀬が言葉を濁すと男たちが嘲笑した。
花嫁を、見据えながら。
「選択を誤ったようですな、鬼頭は」
青ざめたまま上座に着く神無は、歴代の鬼頭の花嫁の中でも類を見ないほど平凡な少女だった。
主賓である鬼頭はいまだに姿を見せない。
「人を馬鹿にするにもほどがある」
「そう言うな、いい話のネタができたじゃないか」
男たちが神無を見ながら、無遠慮に話す。
「冗談じゃないぞ、私は大切な学会をキャンセルしてまでここに来たんだ」
「召集が昨日の今日じゃ、皆不満でしょう。
お互い様ですよ」
「こんな事でもなければ、互いに帰郷することもない。いい機会じゃないか」
男たちがざわめきだす。
渡瀬はそれを見詰め、小さく溜め息をついた。
「おい、さっさと杯を交わせ!」
遠くから男の怒声が響く。
「一人でか? そりゃ、前代未聞だ」
どっと、男たちが笑う。好色そうな、下卑げびた笑い。
再び渡瀬は小さく溜め息をつき、朱塗りの杯を手にした。神前式で使う杯よりもはるかに大きい。直径は20センチほどあるだろう。
渡瀬はそれを神無に持たせた。
「本来はこれいっぱいに酒を注ぎ、半分を鬼が、その半分を花嫁が飲むのです」
三々九度という形式とは違う。渡瀬は手短にそう説明すると、杯になみなみとお神酒みきを注いだ。
神無は半ば茫然としながら杯に視線を落と
す。
杯が小刻みに揺れ、小さな波紋が幾重いくえにも生まれる。
夫婦の契りを交わす儀式。厳粛なはずのそれは鬼が刻む印となんら変わりなく、少女にとってはその身を縛り付けるための忌まわしい鎖だった。
神無は杯に真っ赤な唇をよせる。
なんとか流し込んだ酒は、苦味と甘みをふくみ、喉を焼く。
「早く杯を空けろ!! いつまでたっても宴が始まらん!!」
遠くから野次が飛ぶ。
真紅の杯を満たす酒は、ほとんど減ってはいなかった。
(千風・・・・・・。)
神無は心の中で千風の名前を叫んだ。