★salty talk box★

□『チーム・スーパーノヴァの栄光』
2ページ/20ページ

【1回表】プレイボール -Side Y-


ある晴れた日の昼下がり。
漢江のほとりの公園で、一人、河岸壁に向かってキャッチボールをしている男がいる。

真夏でもないのに、上半身は裸。
逆さに被った野球帽、虹色に反射するサングラス。
引き締まった筋肉はさすがだが、背中に背負った熊のぬいぐるみリュックが、えもいわれぬ怪しさを醸し出している。

リュックの可愛さに気を引かれた小さな女の子の手を引き、「こら、見ちゃいけません」と小声で叱りながら遠巻きに去ってゆく若い母親を、ゆうに3人は見送ってから、ユナクはその男に声をかけた。

「さすがに、現役時代のキレはもう無いみたいだな」

怪訝そうな表情で、男が振り返る。
長く伸びた茶色の髪が、ふわりと風に揺れた。

「久しぶりだな、ドクターK」

現役時代の渾名を呼ぶと、男はサングラスを外し、驚いた顔でこちらを見つめた。

「ユナク……?」



奴の名は、キム・グァンス。
かつて実業団野球でスターダムにのし上がった、伝説の豪腕投手だ。
その突然の引退から3年。

「あれからどうしてた?」

ベンチに並んで腰掛けると、グァンスは、3年ぶりに見るユナクに、気遣わしげに問いかけた。

「なに、心配してくれてたの?」

ユナクは笑った。
引退時のグァンスが纏っていた、他人に触れさせないような刺々しい空気はすっかり消えていて、ユナクは彼が大人になったのだと知った。

「まだスカウトの仕事、やってんのか?」
「まぁね」

実業団リーグの有力チームのスカウトマンをしていたユナクと、そのチームでエースだったグァンス。
何事にも熱く、自信家のグァンスと、理詰めで自分の主張を押し切るタイプのユナクは、些細なことでよくぶつかっていた。

「俺は何処へ行ったって俺だよ。知ってるだろ」

自嘲気味にユナクが言うと、グァンスも笑った。

「他の奴らは……」

場の雰囲気につられたように口にしかけて、グァンスがはっと言葉を止める。

「……いや、何でもない」

黙り込んだグァンスの顔を、ユナクが覗き込む。

「自分に聞く資格はない、か?」

俯くグァンス。
重くなりかけた空気を振り払うように、ユナクはわざと明るく言った。

「お前、トレーニングコーチやってんだって?」
「え、何で知ってんだよ」

驚いて顔を上げるグァンス。

「似合わねぇな」

揶揄うようにユナクが笑う。

「お前が、他人を陰から支えて生きるタイプか? お前は、自分がスポットライトを浴びてこそ輝く男だよ」

グァンスは何も言い返さない。
ただその目が、何が言いたいんだと無言で訴えている。

グァンスは3年前、スポットライトの当たるステージを、自ら選んで下りたのだ。
そして今は、市内のジムでインストラクターとして働く傍ら、プロを目指すスポーツ選手の個人トレーナーを請け負っている。

「俺さ、お前をスカウトしに来たんだ」

グァンスの目をまっすぐに見つめ返して、ユナクは言った。

「俺が作る新しいチームに、参加して欲しい」
「だって、俺はもう野球は……」

できる身体ではない、というグァンスの言葉を、ユナクは遮った。

「他のメンバーにはもう声をかけた。後はお前だけだ」

グァンスが息を呑む。
他のメンバー。そう聞いただけで思い浮かぶ、いくつかの懐かしい顔。
そして、思い出。
彼らとともに、輝いていた頃の自分。

「スーパーノヴァを」

その単語に、グァンスの中の何かが確かに反応したのを、ユナクは敏感に感じ取っていた。

「もう一度、追いかけてみないか? 俺と一緒に」

 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ