★salty talk box★
□『チーム・スーパーノヴァの栄光』
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【1回表】プレイボール -Side Y-
ある晴れた日の昼下がり。
漢江のほとりの公園で、一人、河岸壁に向かってキャッチボールをしている男がいる。
真夏でもないのに、上半身は裸。
逆さに被った野球帽、虹色に反射するサングラス。
引き締まった筋肉はさすがだが、背中に背負った熊のぬいぐるみリュックが、えもいわれぬ怪しさを醸し出している。
リュックの可愛さに気を引かれた小さな女の子の手を引き、「こら、見ちゃいけません」と小声で叱りながら遠巻きに去ってゆく若い母親を、ゆうに3人は見送ってから、ユナクはその男に声をかけた。
「さすがに、現役時代のキレはもう無いみたいだな」
怪訝そうな表情で、男が振り返る。
長く伸びた茶色の髪が、ふわりと風に揺れた。
「久しぶりだな、ドクターK」
現役時代の渾名を呼ぶと、男はサングラスを外し、驚いた顔でこちらを見つめた。
「ユナク……?」
奴の名は、キム・グァンス。
かつて実業団野球でスターダムにのし上がった、伝説の豪腕投手だ。
その突然の引退から3年。
「あれからどうしてた?」
ベンチに並んで腰掛けると、グァンスは、3年ぶりに見るユナクに、気遣わしげに問いかけた。
「なに、心配してくれてたの?」
ユナクは笑った。
引退時のグァンスが纏っていた、他人に触れさせないような刺々しい空気はすっかり消えていて、ユナクは彼が大人になったのだと知った。
「まだスカウトの仕事、やってんのか?」
「まぁね」
実業団リーグの有力チームのスカウトマンをしていたユナクと、そのチームでエースだったグァンス。
何事にも熱く、自信家のグァンスと、理詰めで自分の主張を押し切るタイプのユナクは、些細なことでよくぶつかっていた。
「俺は何処へ行ったって俺だよ。知ってるだろ」
自嘲気味にユナクが言うと、グァンスも笑った。
「他の奴らは……」
場の雰囲気につられたように口にしかけて、グァンスがはっと言葉を止める。
「……いや、何でもない」
黙り込んだグァンスの顔を、ユナクが覗き込む。
「自分に聞く資格はない、か?」
俯くグァンス。
重くなりかけた空気を振り払うように、ユナクはわざと明るく言った。
「お前、トレーニングコーチやってんだって?」
「え、何で知ってんだよ」
驚いて顔を上げるグァンス。
「似合わねぇな」
揶揄うようにユナクが笑う。
「お前が、他人を陰から支えて生きるタイプか? お前は、自分がスポットライトを浴びてこそ輝く男だよ」
グァンスは何も言い返さない。
ただその目が、何が言いたいんだと無言で訴えている。
グァンスは3年前、スポットライトの当たるステージを、自ら選んで下りたのだ。
そして今は、市内のジムでインストラクターとして働く傍ら、プロを目指すスポーツ選手の個人トレーナーを請け負っている。
「俺さ、お前をスカウトしに来たんだ」
グァンスの目をまっすぐに見つめ返して、ユナクは言った。
「俺が作る新しいチームに、参加して欲しい」
「だって、俺はもう野球は……」
できる身体ではない、というグァンスの言葉を、ユナクは遮った。
「他のメンバーにはもう声をかけた。後はお前だけだ」
グァンスが息を呑む。
他のメンバー。そう聞いただけで思い浮かぶ、いくつかの懐かしい顔。
そして、思い出。
彼らとともに、輝いていた頃の自分。
「スーパーノヴァを」
その単語に、グァンスの中の何かが確かに反応したのを、ユナクは敏感に感じ取っていた。
「もう一度、追いかけてみないか? 俺と一緒に」