★story★

□おかえり。
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「あり得ねー……」

レッスン室の床に大の字に寝転んだユナクが、汗だくの顔を歪ませて呟く。
俺は隅のベンチに腰掛けて、スタバのアイスコーヒーを飲みながら笑った。

「頑張れ、リーダー! あと3曲!」
「あと3曲、じゃねーよっ、グァンス〜〜っ!この鬼〜!」

寝転んだまま、ユナクが俺を睨む。表情は笑ってるけど、その目が本当にキツイって言ってる。

ユナクは今、秋のライブに向けて、新曲を含めた十数曲の振り付けを、たった二週間で覚えなきゃならないという、笑えるくらいシュールな試練の真っ只中にいる。
傍から見ててもしんどそうだし、実際大変なのはよく分かる。
先生が休憩、って言ってスタジオから出て行った途端、その場でひっくり返るくらいのハードさだ。

「だいだいお前、何しに来たの? 自分達はオフだっていう自慢?」

肩で息をしながら、恨めしげにユナクが言う。俺は笑った。

「違うよ、陣中見舞い! 差し入れ持ってきたんじゃん。ほら、これ飲んで頑張って」

差し入れのレッドブル(1ダース)を指差すと、ユナクは「やっぱ鬼じゃねーか!」って苦笑した。


ユナクが振り付けの練習でカンヅメになってる間、他のメンバーは少しだけど休みを貰えた。
ジヒョクは友達と映画にでも行こうかなって言ってたし、ゴニルはどうせソンジェくんとデートだ。

ソンモは……よく分からない。
グァンスは何するの、って聞かれたけど、俺はあいつの予定を聞かなかったから。

俺は友達と買い物に行ってドライブをして、帰りに気になったんでここに寄ってみた。
もしかしたらソンモもいて、もしかしたらお邪魔かもって思ったけど……まぁその時はその時か、って。

けどソンモはいなくて、そのことにどこかホッとしてる自分がいた。

「まぁ何にせよ、わざわざ来てくれたのはお前だけだよ。ありがとな」

ユナクは勢いをつけて身体を起こすと、俺の隣に来て座った。
タオルで汗を拭い、レッドブルのプルタブを開けてゴクリと一口飲む。

目を細めて笑う表情は2年前と変わらないのに、体つきや動作はすっかり精悍さを増した。
明らかにカッコ良くなって帰ってきた、俺たちのリーダー。
けど、そんなこと面と向かって言うのは照れくさいから、俺はまた憎まれ口を叩く。

「俺だけ? ユナくん、人気ないね」
「うるさいよ」
「ソンモとか来てないの?」

言ってしまってから、他の奴の名前で訊いても良かったんだと気づいた。
けど俺は、当たり前のようにソンモの名前を口にしてしまっていた。
ユナクが不思議そうに俺を見る。

「え、ソンモ? 来るって言ってた?」
「……いや、知らないけど」
「何でお前が知らないんだよ」

呆れ顔で笑いながら、仕事休みでも会うだろお前ら、って疑いもなく言うユナクに、俺は居たたまれなくなって、ベンチから腰を上げた。

「……最近俺も、仕事以外で会ってねぇから」
「なんで? ケンカでもしたのか?」

悪びれた風もなく心底不思議そうな顔をする。この鈍感め、と俺は心の中で小さく毒づいた。

「ケンカなんかしねぇよ。ただ単に、俺の役目は終わっただけ」
「は?」

ユナクはキョトンとしていた。
俺は、帰るわ、って素っ気なく告げて、サングラスを掛け直した。

「えっ。待て、グァン……」
「頑張れよ〜、リーダー。あと3曲〜♪」

言葉を継ごうとするユナクを明るく遮って、ニッと笑って見せてから、俺はレッスン室を出た。
もしかしたら、目は笑えてなかったかも知れないけど、サングラス越しだからきっとバレてない。

ユナクが帰って来てから――いや、帰って来るよりも前から、俺はソンモと2人で会うのをやめた。
理由は言うまでもない。


ユナクが、帰ってくるから。


ユナクが帰って来れば、俺がソンモの傍にいる必要は、なくなるから。



     ◆


 
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