Another Category

□俺と死神の3日間戦争
1ページ/20ページ

 

6月8日、金曜日。




よく晴れた、気持ちのいい朝だった。

カーテン越しに差し込む陽射しは、もうそろそろ初夏のそれに変わろうとしていて、眩しさに俺は目を覚ました。

「んんーっ」

ベッドの中で、思いっきり伸びをする。
ホントはもうちょっと寝ていたい。
今日は久々に取った休みだし、いつもなら二度寝、三度寝は当たり前。

でも今日は、特別な日だ。
この日のために俺は今日まで生きてきた、と言ってもいいくらいの。

……なんて、ちょっと大袈裟か?

いやいや、それくらい大事な日だ。
だから、今日は絶対いい一日にしなきゃ。

いつも寝起きの悪い俺だけど、今日だけは寝坊なんかしないで、バシッと決めなきゃ。

よし!起きるぞ!

さぁ!起きるんだ俺!

いざゆかん!俺!

ほら、起きろ! ハナ、トゥル…


「さっさと起きろよ、ユノ」


セッ、まで唱え終わる前に、呆れたような男の声が頭上から降ってきて、俺は驚いて目を開けた。

「ぅわぁっ!?」

目に飛び込んできたのは、超至近距離にある人の顔。
俺は文字通り飛び起きた。

「んなっ、なっ、なっ!? だ、誰だお前!?」

一人暮らしのアパートの部屋に、いつの間に何処からどうやって入って来たのか。
黒尽くめの格好をした見知らぬ男が、ベッドに頬杖をついて、俺の顔を眺めていた。

「意外と寝起き悪いんだなー、お前」
「おっ、おまっ、どっ、どっ、から……っ!?」

挙動りまくる俺を見てニヤニヤ笑いながら、ふわりと長い前髪をかき上げる、整った顔立ちの優男。
イケメンだが、意外におでこが広い。

「あー、はいはい、いきなり居たらそりゃ驚くよねー。わかるわかる」

そいつは、まるで馬でも落ち着かせるように、どぅどぅ、とか言いながら、驚きすぎてまともな言葉の出てこない俺の肩をぽんぽんと叩いた。

「まぁ、とりあえず落ち着けよ。怪しいモンじゃないから」

人が寝ているうちに他人の部屋に無断で入ってきておいて、どこがどう怪しいモンじゃないと言うのか。
おまけによく見れば、初夏だというのに黒い革ジャンに黒いズボン、黒いブーツに黒い手袋という格好で、背中にはライフル銃(!)らしきものまで担いでいる。


……これはもう、明らかに。

決定的に。

疑う余地無く。


「どっ、どっ、どろぼ……」
「あー、違う違う。泥棒とかじゃないから。ってか、盗るモンないだろ、この部屋」

大声を出そうとした俺を軽く制し、あくまで冷静に、そしてにこやかに言い放つ男。

……その通りだが、失礼だ。

「そもそも泥棒に入られたくないなら、窓は閉めて寝たほうがいんじゃね?」

そう言って奴が指差したのは、ベランダの掃きだし窓。

「!」

ベランダの窓を開けっぱなしで寝てしまったとは、俺としたことが、なんたる不覚。

いやでも、この部屋って6階……

「ま、何階だろうと俺には関係ないけどね。ってか俺、お前に用があって来たのよ」

まるで俺の考えていることを見透かしたように、男は言った。

「よ、用?」

混乱する頭で、とにかく落ち着け、と俺は自分に言い聞かせる。
俺はこう見えて有段者だ。いざとなればこんな奴、返り討ちにできる。


たぶん。


あのライフルさえ奪えれば……
大丈夫だ、自分一人の身くらいなんとか。

「お前、チョン・ユンホだろ?」
「へっ?」

いきなり名前を呼ばれて、思わず声が裏返ってしまった。

「光州出身で、今は隣町のカメラスタジオで、カメラマンの助手やってるよな?」
「あ、あぁ、そうだけど…って、何で知ってるんだ?」

まさかとは思うが、俺のストーカーか何かか?
前にどっかのアイドルが、寝て起きたら枕元にファンがいたなんて怖い話をしてたの、何かで読んだけど……。

ぐるぐる考えていた俺に、黒尽くめの男はニヤニヤ笑いながら言った。

「俺は、ミッキー。ミッキー・ユチョン。仕事は一応、死神ってやつね。ほら、今流行りの?」
「は?」

いま、なんと?

「え、知らない? デ○ノートとか○リーチとかに出てくんじゃん。今若者が憧れるクールな職業No,1よ?」





……そうか。わかった。


好きなマンガのキャラクターになりきる妄想癖のある奴なんだな。

これは通報した方がよさそうだと思った俺は、おもむろにベッドサイドに置いていた携帯を取り上げた。

「あ、もしもし、警察ですか? すみません、今俺の部屋に、ちょっとおかしなことを言う人が……」


――ブツッ


「え?」

いきなり、通話が切れた。
驚いて手の中の携帯を見ると……あろうことか、携帯が俺の手から離れて宙に浮き始めた。

「え、え、え……え!?」

ふわふわとした放物線を描いて、それは男の手の中にするりと収まる。
にやりと笑う、黒尽くめの男。

「通報しても、頭おかしいと思われるの、お前だよ? 俺、他の人間には見えないもん」

俺は夢を見ているのだろうか。
さっきまでにこやかに見えた男の笑顔が、急つ不気味に感じられた。

「お前、一体……」
「だから、死神だって。で、俺やさしーからさぁ、お前に寿命宣告しに来てやったの」
「……は?」

今度こそ、意味が分からないと思った。
男は、携帯をぽんと放り投げて寄越しながら、軽い調子で続ける。

「ホントはこーゆーの、ルール違反なんだけどさ。お前まだ若いし、それに今日、大事な日だろ?
なんか、可哀想になっちゃってさ。とりあえず、落ち着いて聞けよ?」
「何を?」
「だから、寿命宣告だってば」
「寿命?」
「そ。いいか? お前の寿命は、今日入れてあと3日。
日曜日の夜、お前事故って死んじゃうから、それまでに心残りは片付けとけよ」







「………………は?」

唐突な男の言葉の意味を、俺はまったく理解できずに固まった。
そんな俺にウインクを寄越しながら、

「I hope you will like what send you.」

滑らかな発音でそう言って、奴はにやりと笑った。





        ◆





6月初めの、よく晴れた気持ちのいい朝だった。

俺にとって特別な日になるはずだった。

人生で一番の大勝負に打って出ようとしていた、まさにその朝。


俺は、死神に寿命を宣告された。







俺の余命は、あと3日―――?




  
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ