暴君アリス

□暴君アリス
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− * * * −




御伽話は少しずつ、けれど確かに進んでいる。
そして、誰も気付かない。

惨劇に潜む 『もうひとり』。







あめ、あめ、ふれ、ふれ…。
このままつつめ。
そうしてなにもきこえなくなれ。
悲鳴も。涙も。
なかったことに、なればいい。



「………。」



約束したもの。もう泣かない。
だけど独りは怖いもの。
離れたあの子を想って歌う。
少しだけ今、そっと歌う。

「ボクは、アリス。」

気紛れ我侭、海色アリス。
破壊のアリス。
嫌われ者。
…考えてたら、また強い雨。
この森の空はボクのもの。
だけどどうして手に入らない?
あなたは、ボクのものにならない。

 あめ、あめ、ふれ、ふれ。

じゃないときっと約束を、ボクは破ってしまうから。



「…? どうしたの?」



ドアが開く。見えたのは白と黒の髪。くっついた毛先。肩に触れ、透けたシャツにはりついている。
感情の無い白黒の瞳。
ベルトを巻かれた繋がった腕。

ずぶぬれた、呪いの双子に笑って訊ねる。ほっとしたような表情と、上下する肩が愛おしい。


「…泣いて」「いるかと、」

「泣かないよ」


だってキミらがいるじゃない。
呪いの双子に笑ってやると、また雨が少し強くなる。
滝のような雨を振り返り、双子は小さく眉をしかめた。


「おいで。」


開いたままの部屋のドア。
少しだけ濡れた床にくつあと。
雨が苦手と震える双子を、ボクはにっこり笑って手招く。


「風邪をひくから」


あぁ、いいわけだとわかってる。
彼らの恐怖に付け込んで、自分の孤独を忘れるつもり。
そうしてやわらかに、おだやかに、そっときづかずにおわらせる。
 ボクはアリス。
それだけ。ほかに、なにが必要?


「アリス」「そんなの」


強さじゃない、と双子は言った。
此処は不思議な不思議の森。
だって強さじゃ、生きていけない。
狂気も汚れも必要でしょう?


「キミたちみたいにきれいなままじゃ、いきていけないバカなの。ボクは」


素直にボクへと歩み寄る、双子にタオルを掛けてやった。
肘からひとつに交わる腕。
寄せあった肩は戸惑い震え、もう片方の腕は泳ぐ。
頭にふたつ、被せたタオル。


「せめて、つよいふりくらい。
しなくちゃたぶんつぶれちゃう」

「…それは」「いやだ…」

「誰かがそれだけ思ってくれたら、ボクは意地でもアリスでいるよ」


うつむいた…双子の顔は見えないけれど。
握られた拳。それだけが、とても穏やかな気分にさせて。
刹那の間独りを忘れた。


「…ありがとう、ね」


今なら簡単に紡ぐ唇。
あの時、笑って言えてれば…何かひとつでも変わっただろうか?
すれ違いの今なんて、なかったのだろうか。

だとしたら、ボクは幸せだろうか。

ちゃんと今でも笑い方、知ってて笑ってられただろうか。
此処は、不思議な不思議の森。
アリスの願いは叶えても、祈りは誰にも届かない。
アリスの望みは何でも聞いても、懺悔は決して許されない。


「アリス」「アリス」


アリスの名前は奪われた。


「そんな」「あなただから」

「きらいなんだ」「たぶん」


双子の髪の先っぽから、雨の雫が落ちていた。
小さな水玉を描かれる床。
なんだかそれがなみだのようで、すこし、わらえた。

ほんとうにほんのすこしだけ、
かなしくてわらえた。


「ボクはキミらがだいすきだよ」


たじろぐふたりがいとしくて。
…綺麗な笑顔を作れない、自分を少し、きらいになった。


――fin.

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