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足 り な い の 。
探してる。ずっと探してるんだ。
欠けた、何かを。
「月の様だね、我ながら」
欠片を求めた指先は、何も掴めず空を切る。
―…抑えきれない喪失感。
此処は不思議な不思議の森。
アリスにとっては地獄の森。
流れ続ける森の唄、
アリスの、心を侵すから。
駄目だよ ひとつを望んだら、
ボクはアリスじゃいられない。
アリスでいなきゃ、意味は無い。
ボクは、アリス。
ア リ ス で い な き ゃ 。
「そうしていつも―…心は、壊れていくんだね…?」
悲しげに唄う猫がいた。
記憶の底で悲鳴を上げた。
拡張し、緑を染めていく赤い海に立ちながら―…
天上の神の化身の如き美貌の姫は、静かに静かに顔を上げ。
その引き結ばれた唇は、緩やかに弧を描いてく。
「壊れなきゃ、狂わなきゃ。
ボクはアリスでいられないもの」
「だからあなたはアリスなんだよ」
紫と桃の囚人服。
同色の髪と長い尻尾。
足には枷を引きずって、金の瞳の猫は笑った。
にんまりと、チェシャ猫の笑みは広がっていく。
「アリスの生き血は、神の蜜。」
舐めとった紅は酷く甘い。
アリスに穿った闇を見据え、猫はにんまり頷いた。
滴り落ちる神の蜜。甘い匂いと、アリスの銀。
「いつまでアリスでいるつもり?」
「不思議の森のお気の済むまで?」
にっこり笑う、アリスは傷に手をかざし、小さく「治れ」と呟いた。
全てはアリスの望みのままに。
杖振り回し呪文を唱え、間抜けに時間を消費はしない。
ただ命令して服従させる。
それだけで、全てはアリスに従うから。
「まるで神だね、我らがアリス」
「"ココロ"―…せめてキミだけは、忘れてないと思っていたのに」
塞がっていくアリスの闇。
また見えなくなる心の闇と。
アリス、アリス、
―…聞こえるかい?
綺麗に微笑むアリスが悲しい。
痛いのに笑う猫も悲しい。
違うけど、同じ悲しみを背負っているのに。
どうして、こうも 退け合う?
何処でボタンを掛け違えたの?
「アリス、あなたが嫌いだよ」
「―…知ってる。」
「死ぬまで一生嫌い続ける」
「知ってるよ、ココロ。」
全部黙って受け入れて、
きっと受けとめてあげるから。
「だから、ココロ。」
「そんな、泣きそうな顔、
―…しないでよ、ねぇ。」
此処は不思議な不思議の森。
全ての戯曲が始まる場所。
どれだけ綺麗に着飾ろうが、森の前では全て泡。
全ては醜い マリオネット。
グラン ギニョルが、
は じまり ま す。
――Fin.