暴君アリス

□暴君アリス
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− * * * −




小さなアリスは森に願った。

不思議の森はそれを叶えた。



アリスの願いは 森の餌。








「ああ、時が止まっていたね」

「そうなの?」

落ちる、落ちる、落ちる、落ちる。

 下へ、下へ―…下へ。

耳鳴りの唄も聞こえやしなくて、闇の中にいるワケでもなくて。
森のイバラに落とされて、高くそびえる棚の間を―…落ちてゆく。



 なんだろう―…此処は。

「門だよ、あなたを試してる」

 なんだろう―…この子は。

「アイネクライネ、アリスの下僕。
僕はクライネ、森の精。
ふたつでひとつ、ひとつでふたつ」



悪戯っぽく緑は笑う。
 緑、クライネ。森の精…
私が声を出す前に、歌うように彼はさえずる。
笑うクライネに溜め息が出た。


「…やっぱり思考が読めるのね?」

「違うよリアス、僕は闇。
あなたのそれを感じてるだけ」

アリスに向かって無礼だぞ。
 ―…何処かの棚で誰かが叫ぶ。

黒いドレスのスカートを押さえながら、私は落ちた。
下へ下へ。



棚の中には小さな世界。




二足歩行の狐の楽団。
人魚のハープにヴァイオリン。
小さな小さな妖精が、私に向かって片目をつぶる。


「アリス、あげるよ」

「いらないわ」


クライネの差し出した瓶を、私は彼に押し返した。
それでも、あまりにも嬉しそうにまた差し出してくるものだから、今度は断りきれなかった。



《オレンジ・マーマレード》



「これがなに?」

「僕らのアリスの好物なんだ。
棚に戻しちゃいけないよ?」


持っていろ、ということね。

私はしぶしぶ抱き締めた。
ウサギの帽子と一緒に胸に。



見れば、いつのまにか棚の様子は様変わりしていた。
並んでいるのは世界でなく、食べ物飲み物何処かの地図。
釘にかかった帽子や服、偉そうに笑う貴族の絵。


 その、バカなくせに、
―…真面目な顔 が。 


憎くて憎くて仕方ない…だから、私は切り裂いた。
持ってたナイフで切り裂いた。

「ぎゃあ!!」 絵画は血を噴いて、叫び回って動きを止める。
―…空から多量の赤い雨。


 髪にも肌にも私にも。

降り注いでは、冷えてゆく。
落ちる、落ちる、絵画が逃げる。
額縁だけの歪な肖像。



「―…生きて、いるの?」

「彼らの望みは永遠だもの」


呟く言葉に応えたクライネ。
アリスの願いは森の餌。



此処は不思議な不思議の森。
不思議の森の入り口の門。


不思議な縦の回廊に、私は静かに目を閉じた。

どうかこのまま地面に打たれて、痛みも感じず逝けますように。




私のままで生きられない?

だったら世界に用はないのよ。





* * *

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