暴君アリス
□暴君アリス
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「アリス、アリス、あたしのアリス」
歌う様に呟いた。
紅の紡ぎは美しく、凛と夜の空気に映える。
指で辿った星の絵に、女王はそっとくちづけて。
「ねぇアリス。あなたの刃で切り裂いて。
あたしを深く切り裂いて」
ねぇそうすれば、あたしは終わる。
黒いハートも紅く染まるわ。
「その首縦に振らぬなら、アリス、あなたを切り裂くわ」
そしてあなたと永遠を。
永遠を共に生きましょう。
此処は不思議な不思議の森。
不思議の森の女王の城。
愛しているわ あたしのアリス。
だから あたしを
切 り 裂 い て 。
− * * * −
「やぁ、クロード」
…私をその名で呼ぶ者は、猫を除いてただ一人。
銀色の髪に海色の瞳、美少女然とした白貌。
「御用をどうぞ、破壊のアリス」
アリスの言葉は世界の法。
導く途中のウサギでも、逆らえはしない、それが法。
まっすぐ見据えた海色は、すべて承知で笑っていた。
「ボクのアイネを知らないかな?」
「存じ上げません、破壊のアリス」
「クライネは?」
「新たなアリスと戯れて、イバラの腕に抱かれています」
「あの子らしいね。ありがとう」
「はい…。」
軽く頭を下げていた。
アリスの気配が刹那に消えた。
伏せた瞳を上げて見遣れば、影も形も残ってなくて。
ほんの数秒の邂逅で。
狂ったアリスは去ってしまった。
―…破壊のアリス。
海色アリス、気紛れアリス。
彼はアリスであるハズなのに。
どうして 森は、不思議の森は。
彼はアリスであるハズなのに。
破壊のアリスは森を喰らう。
アリスの願いは森の餌。
…あんなふうになれるなら。
私も アリス で
い た か っ た 。
叶わないことだけ望んでる。
夢物語を望んでる。
いつかはアリスに戻れると。
アリス 迷って、
ア リ ス の ま ま で 。
"私と同じ"にならないで。
私も本当はアリスで在りたい。
逃げよう 今は、どこまでも。
それが"ウサギ"の役目だから。
アリスのままで追ってきて。
アリス 叶えて、我らの願い。
アリス、アリス―…ねぇ、誰か。
認 め て く だ さ い 。
私 は 此 処 に 。
「―…ところで、」
「はいッ!!?」
突如吹き込まれたアリスの声に、思わず返事が良くなった。
振り替えれずに耳を立て、固まっていると正面に来て、海色アリスはにこりと笑った。
「時間はいいの?遅れるよ?」
「―…っあ、」
私は急いで時計を見た。
約束の時はすぐそこで。
―…っ遅れる!
お怒りだろう―…あぁ、だけど扇も手袋もない。
あぁ…猫とアリスと戯れたから!
私は時間に追われてしまう。
アリスは私の様子を見遣り、その白貌で綺麗に笑う。
見惚れていれば唇は、さも楽しげな言葉を紡ぐ―…。
「あなたはいつもおもしろいよね」
「アリス!」
窘めるには遠い調子。
私は叫ぶが聞いてはいない。
気紛れアリスは笑いながら、先程同様刹那に消えた。
残らない影、残らない形。
「…あの方は!」
頭を抱えて時計を見る。
時計は普段はウサギの時間。
「―…おや?」
視線をさらに足元に向け、時計をずらすとそれに気付いた。
…これが、アリスの気遣いか。
扇と手袋が落ちていた。
「…あとでパンでも焼かせよう」
私は小さく呟いて、扇と手袋を取り上げた。
アリス、こんな気遣いで。
私 が 、 ア ナ タ を 。
* * *