暴君アリス
□暴君アリス
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「シロウサギさんは律儀だね」
アイネが笑ってそう言った。
メアリ・アン。クロードのとこの使い魔で、料理上手な女の人。
彼女の焼いたパイの残り香の、漂う部屋で幸せそうに。
「ホントにね」
「ほんのお礼に」と焼かれたパイは、ホントに甘くておいしかった。
忘れた物を届けただけで。
…こんなにおいしいご褒美なら、たまにはイイコトもやろうかな?
…天変地異かと思われるかも。
「…アリス?」
「…らしくないことはすべきじゃないね」
「?」
「―…なんでもないよ。」
からから笑って誤魔化した。
…イイコトなんてボクがしたら、森のみんなにヒかれちゃうかも。
笑っていればいいのかもね。
気紛れ我侭海色アリス。
…分相応に気紛れに、ワガママなボクをやってれば。
少し退屈で素っ気ないけど、ね?
―…仕方無いかも。
「アリスはいつもそればかり」
苦笑してた眼が止まってしまう。
ずっと、拗ねてたクライネの―…ホントに久々の小さな言葉に。
それは少しだけ震えてて、だけどボクに届くには―…十分過ぎて。
「―…クライネ?」
「"なんでもない"…って。」
「どういうこと?」
「アリス、ねぇ…わからないの?」
「――…。」
ふくれつら。クライネは、奥歯をぎりっと噛み締めた。
ただ、ボクは戸惑うだけ。
「なんでもない。」
言われて、気づく…悲しみ?
―…あぁ。そういう、ことなんだ。
小走りに、クライネは部屋を出ていった。
アイネが戸惑い、席を立つ。
「―…いいよ、アイネ」
「…、でも、アリス…」
「気にしないで」
アイネクライネ、ふたつでひとつ。
離れさせるのは酷すぎる。
―…よ、ね?
アイネはときどきボクを見ながら、それでもクライネを追いにゆく。
ボクは笑って見送った。
「…なんでもない。」 気遣うような拒絶の言葉。
クライネは―…ホントに、ボクを見てるよね。
「…フラれちゃったや」
ねぇ、『アイル』。
ぜんぶ、うまくはいかないよ。
何処かで必ず 綻んで。
「愛したつもりでいたのにね」
ホントは依存してるのは、ボクのほうだと気づいてしまう。
残った紅茶はあの時の―…茶会で飲んだそれよりも、いくらか冷めて香らない。
紅茶はセラのが一番おいしい。
「足りないものを探すこと」
―…愚かだって。
あなたは、
…ノノシル?
それもいいかも。ボクにとってはそれは気高い。
笑われながら叶えた願い。
―…素敵だよ、ね?
誰の同意が無くてもいいの。
自分がそれを信じてるなら。
たとえばそれが死にたいくらいに怖いことでもたとえばそれが泣きたいくらいに辛いことでも、乗り越えた自分をとても誇らしく思えるときが来るんだよ、きっと。
そうで、なければ―…。
「なんでも、ないんだよ」
巻き込みたくない。
―…それだけなのに。
* * *